看護婦さんが部屋に戻ってきました。
”さあ、これからなんとか、かんとか”と言うと、
点滴の準備を始めているようでした。
・・・・うーん。。。
わからないけど、されるがままにしてるか、、、と、
いつもの感じでやりすごそうかとも思いましたが、
やはりここはこれから出産、というシーン。
面倒がらずに一応、確認しておくことにしました。
看護婦さん、もう一度ゆっくり説明してくれますが、
私の顔が???なのを見て通訳サービスを勧めてくれます。
通訳サービス・・・?!
そうなのです。
アメリカでは政府から補助を受けている病院では無料で
日本語の医療通訳サービスが受けられると聞いた事がありました。
今こそ、それを試す時です!
お願いします、と言うとすぐさまトランシーバーのような機器で
看護婦さんがどこかに連絡してくれました。
そんなすぐ飛んで来てくれる日本語の通訳さんがこの病院のどこかに
常時スタンバイしているのかと思うとびっくりしますが、そうではなく、
電話口から美しい日本人女性の声で
”こんにちは。本日担当させて頂きますXXXと申します。よろしくお願いします。”
と、紹介があり看護婦さんが話した内容を忠実に訳してくれました。
デパートの受付嬢のような美声で耳に心地よい通訳さんの説明は大変丁寧で
よかったのですが、でも、これ毎回ひとつ、ひとつやってもらってたら
産まれちゃうよ・・・という程のまどろっこさ。(ごめんなさい…!)
すると隣のソファーでBlack Berry片手に仕事ばかりしていると思っていたダンナが
”要するにこれは、血管確保のための点滴でみんなやるからって。”
とサクッと。お、ちゃんと聞いててくれたのね。
そうそう、カメラマンじゃなくてこのために来てもらったんじゃないか!
ここはダンナを頼る事にして通訳体験は1回で終了としました。
間もなく陣痛促進剤が注入され、少しずつ痛みを感じ始めると、
ようやく自分の中で”さあ、産むぞっ!”という気になってきました。
この間、何人もの人が出たり入ったりしては、挨拶だけして帰って行くと
いうちょっと不思議な光景が繰り広げられていました。
”Hi, 私は、麻酔科のXXXXです。”
”私は、研修医のなんとかです。”
大学病院なので、若い人も結構います。
どんな時にもまずは自己紹介して相手に警戒心を抱かせない、
というマニュアルでもあるのでしょうか。
それもなんだかアメリカっぽいけど。。。
そうして痛みもだんだん増してきていよいよ麻酔を入れる時になりました。
アメリカは無痛分娩が9割以上と聞いていたし、痛みは少なければ少ないほどいい、
と単純にそう思う方なのでこれは大変ありがたい。
ごはんも不味い、入院も短い、くせに費用はべらぼうに高額・・・
国籍取得以外にアメリカで産むメリットはもうこの無痛くらいしかない、、、
ヒスパニック系20代とおぼしき男性の麻酔科医のヤングガイ、一回りくらい若そう。
傍らでおじいちゃん先生に指南を受けながら背後から痛み止めの麻酔を
注入していきます。
(しっかりお願いしますよ〜)
心の中で念じながらも即座に痛みが消えるわけではなく、
薬で陣痛を誘発しているせいなのか、この時既に転げ回りたいくらいの痛みです。
”今、レベル10段階でいうと、どれくらい痛いですか?”と麻酔科医。
10と即答したいのを我慢して、"8、かな、、いやいや、やっぱり9"
とか答えながらも、
あぁ、、この先生たちには私らの痛みって一生わかんないん
だろうなぁ、などと考える余裕があったので実際はそれ程でもなかったのかも
しれませんが・・・
その後も麻酔は管を通して常時注入されている、というすごい状態で
再びベッドに横になるよう指示されます。
”痛くなったらこのボタンを押して下さいね。”
って、自分で勝手に薬入れちゃっていいの?!
でも、アジア人の私の身体には効きが良すぎたのか、
薬の量を増やすまでもなく、1時間もすると完全に痛みを感じなくなりました。
これが、、無痛分娩か!!!すごい!
でも、、こんなにも何も感じなくて果たしていきめるのだろうか。。
その時、薄手のパーカーのポケットに両手を突っ込んで、サラサラの金髪を
無造作にまとめあげた美人が颯爽と部屋に入ってきました。
まるでそのへんをジョギングしてるついでに、ちょっとここにも寄ってみたわ、
みたいな爽やかさ。
”Hi, 私はDr.XXXXよ。
あなたの担当医が来るまでちょっと見てるわね。”
と言うやいなや、子宮口の開き具合をチェックすると、
”まだまだねー。3cmってとこかしら。”
じゃ、また来るわね〜。See you! "
と、登場した時と同じくらい颯爽と去って行きました。
あの人、、先生だったんだ。
なんとも、、カジュアル。
それにしてもこの病院のお医者さんたちはさっきから
そろいもそろって、美しい人たちばかり!
”みんな美人だし、かっこいいし、すごいね。”とダンナに言うと
”そりゃそうだよ。医大に行けるような人は家が金持ちだからな。”
と、金持ち=美男美女、というよくわからない持論を展開してきましたが、
確かにこの国では、所得と外見の善し悪しにはなんらか相関関係があるのかも。
ダンナの持論も一理あるような気がします。
整形手術、とかいうことではなく、教育や環境的な要因が大きいような
気がするのですが。
それにしても、あの爽やか美人ドクターの言い方だとまだまだ当分、
時間がかかりそうです。
ふと周りを見渡すと、モニターを見てなにか打ち込んだり、作業している
看護婦さんたち。麻酔科の先生も時折部屋に入って来てはモニターをチェック。
そして、もちろん隣ではダンナがずっとiphoneを見っぱなし。
なんだろう、これは・・・
誰も妊婦の私を見ることなく機械ばかり眺めてるこの異様な光景・・・
いくらITの国だからって、少しばかりアナログな感じのあたたかさが
恋しくなってきます。
そのうち約束の5時になったのか私の担当医(もちろん美人)が部屋に入って
きてにっこり挨拶してくれると、知らない人と機械ばかり囲まれていた
緊張が解け、ようやく少しあたたかさを感じます。
”Hello! どう?調子は?まだ子宮口が開いてないみたいね。
また戻ってくるから、昼寝でもしてて。”
と、ドクターはいってしまいましたが、安心したのか本当に
寝入ってしまいました。
麻酔が効いていなかったら今頃このベッドの上で身悶えていたことを思うと、
無痛分娩って本当に偉大です。
そうしてどのくらいの時間が経ったでしょうか。
目が覚めて暫くすると、ドクターが戻って来ました。
子宮口をチェックすると薄手の手袋をはめ、腕まくりしながら、サラッと一言。
”OK. Let's have a Baby!"
”じゃ、そろそろ産みますか!”みたいな、軽いノリがおかしくて思わず
笑ってしまいます。
どこまでもリラックスなアメリカの出産。
思いのほか子宮口が開くペースが早いので、ここで陣痛誘発剤はストップ
するとのこと。
両足を顔の近くまで自分の両手で持ち上げて、10数える間、いきむように
言われます。
でもやっぱりいきめない、、、
だって全然痛くないんだもん。
誘発剤止めたせいか、なおさら何も感じなくなっています。
ダンナも私の足を持つよう言われ、
”え?!僕もやるんですか?!”
といかにも心外だなぁーみたいな感じで、慣れない手つきで手伝います。
看護婦さんがモニターで陣痛がくるタイミングを見計らっては、
”さあ、きた!始めるわよ!”と、カウント10でいきみますが、なかなか
難しくて自分でも全然赤ちゃんがおりてくる気がしません。
”もっと、がんばって。そう、もっともっと強く!”
と、夕暮れ時の黄色い西日が差し込む静かな病室に、先生と看護婦さん
2人の声が響きます。
途中休みながら、それを何度も繰り返しながらもその間、
ん??先生、なんか見てる?
院内連絡用のタブレットかなんかかと思いきや、
普通にスマホいじってます、、、、
しかもFacebookとかTwitterとかの類のSNS見てるっぽいんですけど・・・
これには、片時もiphoneを手放さないダンナでさえも、”マジか?”の表情。
友達から別の先生でも”分娩の時、スマホ見てたよ”という話を事前に聞いて
予備知識があった私はさほど驚きませんでしたが。
でもやっぱりすごいわ、アメリカのドクター・・・
日本なら絶対NG。
っていうか常識的に考えてまずあり得ない。
もう、イラっとするとか、怒りとかなくて、あまりのカルチャーの違いに
笑えてきます。
その後も全く痛みを感じないので、誘発剤を再開すると程なくして
じわじわと陣痛を感じ始め、赤ちゃんの頭でグイグイ押される感覚が
わかるようになりました。
その時です。
いきなり天井の一部が開いたかと思うと、巨大な丸いライトが突如、
頭上に現れました。
よくテレビで見る手術台の上とかにある白っぽい電球がいっぱい付いた
ピカーって明るい照明。
こんなところに隠されてたのか!!
同時に、どこに待機していたのか、数時間前に挨拶してくれた人たちが5ー6名、
カートに乗せた様々な機器を押しながら足早に部屋に入ってきました。
ささーっと青いシートがベッドの下に敷かれ、いつの間にかドクターも
青い白衣(白衣とは言わないか、、)に青い厚手の手袋にはめかえ、気付くと
部屋全体があの「ER緊急救命室」みたいな雰囲気になっているではありませんか!
それはまるでミュージカル!
舞台装置が変わって、ガラっと場面が変わるのを観客席から観ている・・
まさにそんな感じでした。
そうか、いよいよ産まれるんだ。
と妙に冷静な自分がいます。
よし、いくぞ、と気合いを入れてカウント10。
頭が少し出てきたようです。
2回目のカウント10で頭がズルッと出た感覚があり、
3回目のカウント10で足まですっぽり出たのがわかりました。
”オギャー、オギャー!!!”
元気いっぱいの産声を聞いて思わず安堵の涙が出そうになったところで
すっとんきょうなダンナの声。。
”えぇ?!僕がやるんですか?!”
って、今度はなにーー?
目線を下げると、動画撮影中のiphoneを片手に(←こんな時でも放さない)、
ドクターからハサミを渡され、慌てふためきながらへその緒をちょきんと切る
ダンナの右手が見えました。
へその緒ってこんなにも太かったのね、、なんてどこまでも冷静な自分が
おかしいくらいです。
そうして、胸の上にまだ生あたたかい赤ちゃんがぽん、と乗せられて
ようやくその存在を確かめることができました。
1人目の時は感動して泣く余裕さえありませんでしたが今回は嬉しくて、
ホッとして、あとからあとから涙があふれて止まりません。
あぁ、、、良かった。
元気に産まれてきてくれてありがとう!
2015年8月7日金曜日
2015年7月9日木曜日
マンハッタンで出産する①
予定日が近づいてきました。
ところが、こない・・・
いつも診察してもらう先生のオフィスと、当日出産する病院は
数ブロック離れているので先生はオフィスと病院を行き来しているのです。
先生もそんな早朝からご苦労さまです。
24時間態勢の産科医というのは本当に大変なお仕事です。
ところが、こない・・・
破水が、陣痛が、全くこないのです。
「2人目は2週間も早く産まれた」
「いや、私は1ヶ月近く早かった」
と話す友人たちの話をいろいろと聞いていたので、
日本にいる両親にも早めに来てもらって準備は万端。
観光もひとしきり終わり、さあ、あとはもう産まれるのを待つばかり、
となりましたが肝心の赤ちゃんが出てくる気配が全くありません。
日本にいる両親にも早めに来てもらって準備は万端。
観光もひとしきり終わり、さあ、あとはもう産まれるのを待つばかり、
となりましたが肝心の赤ちゃんが出てくる気配が全くありません。
予定日間近の検診日、先生から
「あなた何歳だった?36歳ね。それじゃ待っても10日ね。
もし予定日過ぎて10日経っても産まれなかったらX日に
誘発剤で産みましょう」
もし予定日過ぎて10日経っても産まれなかったらX日に
誘発剤で産みましょう」
と話がありました。
自宅に戻るとすぐに病院の受付スタッフから電話があり
自宅に戻るとすぐに病院の受付スタッフから電話があり
「X月X日、予約が確定しましたので午前6時に病院に来てください」
とのこと。
朝6時ってずいぶん早いな・・・
朝6時ってずいぶん早いな・・・
いつも診察してもらう先生のオフィスと、当日出産する病院は
数ブロック離れているので先生はオフィスと病院を行き来しているのです。
先生もそんな早朝からご苦労さまです。
24時間態勢の産科医というのは本当に大変なお仕事です。
そして、、、、
特に何が起こるわけでもなく静かに予定日は過ぎ、
また検診に行きましたが、兆しは見えません。
帰り際先生に、
「あ、X日は朝6時に病院に行けばいいんですよね。」
と何気なく聞くと、
「私はここ(オフィス)での診察が終わって、そうねぇ、
夕方5時くらいに病院に行くから、あなたはまぁお昼くらいに
行ってれば大丈夫よ。」
「え?でも、病院側からは朝6時に来てって言われましたけど・・・」
「あはは、気にしなくていいわ。これからもし病院の誰かから連絡あっても
聞かなくていいから。絶対に!」
と語尾を特に強調して「私のいう事だけ信じてればいいから」
といったニュアンスを含む力強い返答が。。
はい、出ましたー。
オフィスと病院の連携、全然とれてなーい
あの人と、この人で言ってること、全然ちがうよ、ってこと、
よくあります、はい。
単に英語が聞き取れず自分が勘違いしていることもあるけれど、
多くは両者が言ってることが本当に違うのです(泣)
あぶない、あぶない、、、
聞いといてよかったーー
そしてついにXデーの前夜となりましたが、
とうとう赤ちゃんは出てきませんでした。
当日はダンナに会社を休んでもらって、
近所のカフェで黙々とサンドウィッチを食べ、
いつものバスで一緒に病院に向かいます。
なんとも日常の延長的な、淡々とした出産前です。
でも、病院が近づくに連れ、ダンナは少しずつ
盛り上がってきたようで信号待ちや、瀟洒なエントランスで、
「はい、ちょっとこっち向いて〜!!」と
お気に入りの一眼レフを首から下げて
バシャバシャ、シャッターをきりまくっています。
すっかりイベント気分。
こっちはこれから一世一代の大仕事だというのに・・
でもおかげで少し気分が和らぎました。
受付を済ませると、
「Hi, 私は看護婦のXXXよ。」
「同じく看護婦のXXXです。どうぞこちらへ」
と、若い看護婦さんが2人近づいてきて、
部屋に案内してくれると言います。
廊下を歩きながら、東京で長女を出産した時の記憶が蘇ってきました。
分娩台に移される直前まで3畳程の窓のない小さな薄暗い
陣痛室のベッドの上で悶絶していた4年前・・・・
アメリカは無痛分娩だから悶絶時間も短いはず、、と自分に
言い聞かせながらも、これから未知の体験が始まるかと思うと
自ずと緊張も高まります。
「どうぞ」
と通されたのは、、、
ここに来て以来、期待を裏切られることはあっても、
期待以上ということはほぼ皆無でしたが、
これはいったいどういうことでしょう・・・
木目調のウォールナットブラウンの壁に、オレンジの暖かい照明。
3畳どころか1LDKくらいの広々とした明るい室内。
ソファーがあって、テレビもクローゼットもチェストもあって、
部屋の中央には真っ白なシーツが敷かれた大きなベッドがゆったりと
横たわっています。
大きな窓からはアッパーイーストの高層マンション群と
緑の木々が広がり、やわらかな陽の光が差し込んでいるではありませんか。
どこに来ちゃった?
ここホテル・・・?
「陣痛の間はここで待つんですか?」
と、可愛い看護婦さんに聞いてみると、
「ここで産むのよ」
との答えが・・・
こ、ここ分娩室なのー?!
「ちょっ、特別プランとかにしたの?」
とあきらかに心配顔のダンナ。
「いやいや、してないよ。」
「ここは普通の分娩室なんですか?」
と看護婦さんに聞くと「Yes」と一言。
驚きを隠せないまま、目をまん丸くしてよくよく
部屋の中を見渡すとベッドの右隣にはたくさんの
ケーブルに繋がれたコンピューター機器やモニターが
4ー5台陳列しています。
そして隣には新生児が移動する小部屋も付いていて、
そこにもたくさんの医療機器が備わっています。
へぇ〜、すごいなぁ。
いい意味で思ってたのとだいぶ違うわ。
もっとこう手術室っぽいところを想像していたというか・・・
ピカーっとギラギラ眩しい白っぽい照明の下で、
足台の付いた固い無機質なベッドの上で、踏ん張るのだと
ばかり思っていました。
「ガウンに着替えてて下さいね」
と言われ、看護婦さんたちが部屋を出るやいなや
嬉々として撮影を開始するダンナ。
旅行でホテルに到着した時と全く同じテンションです。
それにしてもこの空間、妊婦も、同伴の家族もリラックスできるように
とてもよく考えられています。
ほどよく柔らかいベッドに横たわるとなんだか眠くなってきました。
「自宅分娩する人ってこんな感じなのかなぁ」
ウトウトしながら未体験ゾーンへの旅はスタートしたのでした。
※最近は日本にもこのような設備を備えた病院があるようです。
LDRと呼ばれ、陣痛(Labor)、出産(Delivery)、回復(Recover)までを
同じ部屋で過ごすという歴としたひとつのお産の方法だそうです。
特に何が起こるわけでもなく静かに予定日は過ぎ、
また検診に行きましたが、兆しは見えません。
帰り際先生に、
「あ、X日は朝6時に病院に行けばいいんですよね。」
と何気なく聞くと、
「私はここ(オフィス)での診察が終わって、そうねぇ、
夕方5時くらいに病院に行くから、あなたはまぁお昼くらいに
行ってれば大丈夫よ。」
「え?でも、病院側からは朝6時に来てって言われましたけど・・・」
「あはは、気にしなくていいわ。これからもし病院の誰かから連絡あっても
聞かなくていいから。絶対に!」
と語尾を特に強調して「私のいう事だけ信じてればいいから」
といったニュアンスを含む力強い返答が。。
はい、出ましたー。
オフィスと病院の連携、全然とれてなーい
あの人と、この人で言ってること、全然ちがうよ、ってこと、
よくあります、はい。
単に英語が聞き取れず自分が勘違いしていることもあるけれど、
多くは両者が言ってることが本当に違うのです(泣)
あぶない、あぶない、、、
聞いといてよかったーー
そしてついにXデーの前夜となりましたが、
とうとう赤ちゃんは出てきませんでした。
当日はダンナに会社を休んでもらって、
近所のカフェで黙々とサンドウィッチを食べ、
いつものバスで一緒に病院に向かいます。
なんとも日常の延長的な、淡々とした出産前です。
でも、病院が近づくに連れ、ダンナは少しずつ
盛り上がってきたようで信号待ちや、瀟洒なエントランスで、
「はい、ちょっとこっち向いて〜!!」と
お気に入りの一眼レフを首から下げて
バシャバシャ、シャッターをきりまくっています。
すっかりイベント気分。
こっちはこれから一世一代の大仕事だというのに・・
でもおかげで少し気分が和らぎました。
受付を済ませると、
「Hi, 私は看護婦のXXXよ。」
「同じく看護婦のXXXです。どうぞこちらへ」
と、若い看護婦さんが2人近づいてきて、
部屋に案内してくれると言います。
廊下を歩きながら、東京で長女を出産した時の記憶が蘇ってきました。
分娩台に移される直前まで3畳程の窓のない小さな薄暗い
陣痛室のベッドの上で悶絶していた4年前・・・・
アメリカは無痛分娩だから悶絶時間も短いはず、、と自分に
言い聞かせながらも、これから未知の体験が始まるかと思うと
自ずと緊張も高まります。
「どうぞ」
と通されたのは、、、
ここに来て以来、期待を裏切られることはあっても、
期待以上ということはほぼ皆無でしたが、
これはいったいどういうことでしょう・・・
木目調のウォールナットブラウンの壁に、オレンジの暖かい照明。
3畳どころか1LDKくらいの広々とした明るい室内。
ソファーがあって、テレビもクローゼットもチェストもあって、
部屋の中央には真っ白なシーツが敷かれた大きなベッドがゆったりと
横たわっています。
大きな窓からはアッパーイーストの高層マンション群と
緑の木々が広がり、やわらかな陽の光が差し込んでいるではありませんか。
どこに来ちゃった?
ここホテル・・・?
と、可愛い看護婦さんに聞いてみると、
「ここで産むのよ」
との答えが・・・
こ、ここ分娩室なのー?!
「ちょっ、特別プランとかにしたの?」
とあきらかに心配顔のダンナ。
「いやいや、してないよ。」
「ここは普通の分娩室なんですか?」
と看護婦さんに聞くと「Yes」と一言。
驚きを隠せないまま、目をまん丸くしてよくよく
部屋の中を見渡すとベッドの右隣にはたくさんの
ケーブルに繋がれたコンピューター機器やモニターが
4ー5台陳列しています。
そして隣には新生児が移動する小部屋も付いていて、
そこにもたくさんの医療機器が備わっています。
へぇ〜、すごいなぁ。
いい意味で思ってたのとだいぶ違うわ。
もっとこう手術室っぽいところを想像していたというか・・・
ピカーっとギラギラ眩しい白っぽい照明の下で、
足台の付いた固い無機質なベッドの上で、踏ん張るのだと
ばかり思っていました。
「ガウンに着替えてて下さいね」
と言われ、看護婦さんたちが部屋を出るやいなや
嬉々として撮影を開始するダンナ。
旅行でホテルに到着した時と全く同じテンションです。
それにしてもこの空間、妊婦も、同伴の家族もリラックスできるように
とてもよく考えられています。
ほどよく柔らかいベッドに横たわるとなんだか眠くなってきました。
「自宅分娩する人ってこんな感じなのかなぁ」
ウトウトしながら未体験ゾーンへの旅はスタートしたのでした。
※最近は日本にもこのような設備を備えた病院があるようです。
LDRと呼ばれ、陣痛(Labor)、出産(Delivery)、回復(Recover)までを
同じ部屋で過ごすという歴としたひとつのお産の方法だそうです。
2015年5月1日金曜日
幼稚園探しはじまる
以前、マンハッタンでの幼稚園探しについてポストしましたが、
いよいよ幼稚園探しに本腰を入れる時期になりました。
これまで夜な夜な情報収集していた甲斐あって、
いざ、この時を迎えて予習ばっちり!
というわけにはいかず、
毎年ガラリと変わるのがニューヨークの教育局。
今年はどこがどんな風に変わっているのでしょうか。
今年4歳になる我が子は、日本の幼稚園年中にあたる
Pre-Kindergarten(略してPre-K)への応募資格があります。
5歳になるとはじまる義務教育のキンダー(Kindergarten)の
前(Pre-)で、Pre-Kとうわけですが、ざっくりと、
キンダーが日本の幼稚園年長さん、Pre-Kは年中さん、
プリスクールは年少さん、と、こんな区分けになります。
とはいえ、Pre-Kもキンダーも公立の幼稚園という位置づけで
ありながら、Pre-Kは義務ではないといいます。
うーん、ややこしい。。
共働き世帯やお金に余裕のある家庭の子供たちは2ー3歳で
私立のプリスクールに通いはじめますが、日本の認可保育園に
あたるような0歳から入園できる公共の保育インフラが整って
いないマンハッタン。
この年次の子供を抱えた共働き世帯の苦労はかなりのものです。
以前も書きましたが、デイケアやプリスクールには
年間150万から300万円以上の費用がかかります。
延長保育もありますが、通常半日クラスならお昼前後、
フルタイムでも3時前後に学校が終わるので、
お迎えに行くシッターさんの人件費、
スイミングやバレエなど習い事などのお稽古代・・・
などなどお金はどんどん出ていきます。
いくら家事や育児をアウトソーシングするといっても、
子供を預けて働くことは日本以上に大変な現実。
母親の稼ぎより、これらの教育費の方が上回ってしまい、
家計が赤字になってまで仕事を続けるか、悩むお母さんも
多いと聞きます。
出産を機に仕事を辞める女性が多いという話は、私にとって
全く意外なニューヨーカーの一面でした。
一方で、公立のPre-Kは学費は無料ですが、これまでは
兄弟のいる子で枠は埋まってしまい、入れる可能性は
ほぼ皆無といわれてきました。
ところが!
昨年、格差是正、幼児教育の拡充を公約に掲げた民主党の
ビル・デブラシオがニューヨーク市の新市長に就任し事態は一変。
”Pre-K for All"
というスローガンを大々的に掲げ、
2ヶ年計画で全ての4歳児に席を用意すると言うではありませんか。
半信半疑でしたが、このデブラシオさん、約束は守る男、
だったようで、実際に
1年目の昨年は53,000人以上の4歳児がPre-Kに入学し、
2年目の今年は、70,000人分の席を準備するとのこと。
電車やバスの中でも、ニュースや新聞でも
”Pre-K for ALL"の文字を至るところで目にするようになりました。
市をあげての大規模教育改革。
一昨年までなら無理とあきらめていた我が家にも
希望の光が見えてきました!
さっそく、市の教育局のサイトを覗いてみると、ありました。
今年の募集要項。
ページ数88ページ、細かい英字でびっしり情報が記載されています。
私たちの住んでいる学区District2はマンハッタンの大部分をカバーしている
こともあり、60程の学校名がずらずらと並んでいます。
これだけあればどこかしらには入れてもらえるような気がする、
というのは甘いというもので、
基本的には親が毎日送り迎えしなければ
いけないので、通えるところとなると限定されます。
その上さらに、学区の中でも細かくストリートごとに”Zone”(ゾーン)に
区分けされているのがネック・・・
我が家はどこのゾーンにも入ってないからです(泣)
通常、ゾーン内の子が優先されるため、どのゾーンにも属さない
うちのような場合、希望の学校に入れる可能性はぐっと減ってしまいます。
第一希望の近所の学校は20席に数百人の応募者がある、、
という厳しい状況のようで、ゾーン外の我が家などはまず無理でしょう。
仕方ありませんが、徒歩圏内30分以内、バス圏内で通えそうな
学校を選んで第6希望くらいまでリストアップしてみました。
募集がはじまってから1週間、その順番をどうするかあれやこれや
頭を悩ませていると、
「出した後も何回でも修正できるらしいよ」と友人。
え?!そうなの?
さすが、オンラインアプリケーション!
さすが、IT大国!
修正ペン片手に手書きで何度も書き直した日本の保育園の
応募書類とは全然違うわ。
しかも、
「募集要項アップデートされてるね」との追加情報。
サイトを再び覗くと、さりげなく最新の募集要項が追記されてる・・・・
こんな大事な情報、
たまたま彼女と話さなかったら見逃すところだった。
ふー危ない、危ない。
スローガンでは、
"Free, Full-day, High-Quality Pre-K"
を謳い文句にしていただけあって、昨年まで半日だった
クラスは全てFull Dayコースに変更されており、
席数も増えてる学校が多い。
おっ!!
うちの近所には新設で200席近くある学校も出来るみたい。
こんな突貫工事みたいなかたちで、何がなんでも
席数と先生を用意しようとする姿勢がすごい。
実際にふたを開けてみれば、いろんな面が追いつかないだろういう
混乱は容易に予想出来るものの、それでもこのコミットメントには
驚きます。
さて、先週募集期間が終わり今年は69,000近くの応募があったそうです。
果たしてうちの娘は希望校のどこかしらに
潜り込めるのでしょうか・・・??
いよいよ幼稚園探しに本腰を入れる時期になりました。
これまで夜な夜な情報収集していた甲斐あって、
いざ、この時を迎えて予習ばっちり!
というわけにはいかず、
毎年ガラリと変わるのがニューヨークの教育局。
今年はどこがどんな風に変わっているのでしょうか。
今年4歳になる我が子は、日本の幼稚園年中にあたる
Pre-Kindergarten(略してPre-K)への応募資格があります。
5歳になるとはじまる義務教育のキンダー(Kindergarten)の
前(Pre-)で、Pre-Kとうわけですが、ざっくりと、
キンダーが日本の幼稚園年長さん、Pre-Kは年中さん、
プリスクールは年少さん、と、こんな区分けになります。
とはいえ、Pre-Kもキンダーも公立の幼稚園という位置づけで
ありながら、Pre-Kは義務ではないといいます。
うーん、ややこしい。。
共働き世帯やお金に余裕のある家庭の子供たちは2ー3歳で
私立のプリスクールに通いはじめますが、日本の認可保育園に
あたるような0歳から入園できる公共の保育インフラが整って
いないマンハッタン。
この年次の子供を抱えた共働き世帯の苦労はかなりのものです。
以前も書きましたが、デイケアやプリスクールには
年間150万から300万円以上の費用がかかります。
延長保育もありますが、通常半日クラスならお昼前後、
フルタイムでも3時前後に学校が終わるので、
お迎えに行くシッターさんの人件費、
スイミングやバレエなど習い事などのお稽古代・・・
などなどお金はどんどん出ていきます。
いくら家事や育児をアウトソーシングするといっても、
子供を預けて働くことは日本以上に大変な現実。
母親の稼ぎより、これらの教育費の方が上回ってしまい、
家計が赤字になってまで仕事を続けるか、悩むお母さんも
多いと聞きます。
出産を機に仕事を辞める女性が多いという話は、私にとって
全く意外なニューヨーカーの一面でした。
一方で、公立のPre-Kは学費は無料ですが、これまでは
兄弟のいる子で枠は埋まってしまい、入れる可能性は
ほぼ皆無といわれてきました。
ところが!
昨年、格差是正、幼児教育の拡充を公約に掲げた民主党の
ビル・デブラシオがニューヨーク市の新市長に就任し事態は一変。
”Pre-K for All"
というスローガンを大々的に掲げ、
2ヶ年計画で全ての4歳児に席を用意すると言うではありませんか。
半信半疑でしたが、このデブラシオさん、約束は守る男、
だったようで、実際に
1年目の昨年は53,000人以上の4歳児がPre-Kに入学し、
2年目の今年は、70,000人分の席を準備するとのこと。
電車やバスの中でも、ニュースや新聞でも
”Pre-K for ALL"の文字を至るところで目にするようになりました。
市をあげての大規模教育改革。
一昨年までなら無理とあきらめていた我が家にも
希望の光が見えてきました!
さっそく、市の教育局のサイトを覗いてみると、ありました。
今年の募集要項。
ページ数88ページ、細かい英字でびっしり情報が記載されています。
![]() |
| 2015 Directory 募集要項は方針や学校の選択肢などが 毎年大きく変わるため、注意が必要です。 |
こともあり、60程の学校名がずらずらと並んでいます。
これだけあればどこかしらには入れてもらえるような気がする、
というのは甘いというもので、
基本的には親が毎日送り迎えしなければ
いけないので、通えるところとなると限定されます。
その上さらに、学区の中でも細かくストリートごとに”Zone”(ゾーン)に
区分けされているのがネック・・・
我が家はどこのゾーンにも入ってないからです(泣)
通常、ゾーン内の子が優先されるため、どのゾーンにも属さない
うちのような場合、希望の学校に入れる可能性はぐっと減ってしまいます。
第一希望の近所の学校は20席に数百人の応募者がある、、
という厳しい状況のようで、ゾーン外の我が家などはまず無理でしょう。
仕方ありませんが、徒歩圏内30分以内、バス圏内で通えそうな
学校を選んで第6希望くらいまでリストアップしてみました。
募集がはじまってから1週間、その順番をどうするかあれやこれや
頭を悩ませていると、
「出した後も何回でも修正できるらしいよ」と友人。
え?!そうなの?
さすが、オンラインアプリケーション!
さすが、IT大国!
修正ペン片手に手書きで何度も書き直した日本の保育園の
応募書類とは全然違うわ。
しかも、
「募集要項アップデートされてるね」との追加情報。
サイトを再び覗くと、さりげなく最新の募集要項が追記されてる・・・・
こんな大事な情報、
たまたま彼女と話さなかったら見逃すところだった。
ふー危ない、危ない。
常に情報は自分から取りにいく、
一度公表されたものも普通に変更される、
というアメリカ人にとっての当たり前にまだまだ慣れません。
スローガンでは、
"Free, Full-day, High-Quality Pre-K"
を謳い文句にしていただけあって、昨年まで半日だった
クラスは全てFull Dayコースに変更されており、
席数も増えてる学校が多い。
おっ!!
うちの近所には新設で200席近くある学校も出来るみたい。
席数と先生を用意しようとする姿勢がすごい。
実際にふたを開けてみれば、いろんな面が追いつかないだろういう
混乱は容易に予想出来るものの、それでもこのコミットメントには
驚きます。
![]() |
| 市長の会見 |
さて、先週募集期間が終わり今年は69,000近くの応募があったそうです。
果たしてうちの娘は希望校のどこかしらに
潜り込めるのでしょうか・・・??
2015年4月6日月曜日
The kindness of strangers
In New York City, it’s finally getting warmer day by day.
40°F is considered
very cold in Japan.
But it sounds warm to me after getting used to temperatures
around 10°F in New York.
I feel spring is just around the corner.
Well, in my blog posts I’ve written a lot about how tough
it is
living in New York.
At the same time, there are many great new experiences
in my
daily life, too, and I want to share them this time.
When I take my 3-year-old daughter with me,
I often experience
people’s geniality, and it makes me feel so warm.
I never expected so many New Yorkers to be so kind to a child!
In Hawaii, yes. I’ve frequently met friendly people
with big
smiles saying,
“Hi! Little Baby!” in restaurants or shops.
But I thought it was
because Hawaii is a tourist resort
and I was a customer.
This is not Hawaii. It’s New York City.
I had a stereotype that people in a big city must be cold and
were
not interested in others, but that has not been true in some points.
A year ago, when I was a newcomer in the city,
I was surprised to
find people were so nice and kind to us.
There are lots of great stories when I bring the stroller.
When I stopped in front a shop door or subway station and
was about to grip the doorknob, I
heard a voice from behind:
“ I got it.”
Then the door was opened automatically,
and someone held it until
we got inside.
Wow! That’s so nice!
In Japan, I had experienced a man opening a door for me only as
“ladies
first” when I was out on a date.
In New York City, not only men, but also women,
young people, the
elderly and even people who look homeless
frequently help us open doors.
How fast they are!
They suddenly appear from nowhere and go in a flash.
In many cases they are only passersby.
They are not trying to enter a shop or ride on a train,
but just
stop to open the door for an Asian mother and child.
So I’m very surprised.
Can I stop just to open the door for someone?
Many Japanese people show their hospitality
if they have a duty or
responsibility at work,
but here something is different.
Conversely, I’m often disappointed to experience bad service
in
restaurants or shops in New York.
Do workers change to be nice and gentle outside their work place?
It’s totally opposite from Japan.
Sometimes I hear “the voice of God.”
In Manhattan, not many subway stations have an elevator or
an
escalator.
I frequently have to go up and down dark, steep stairs in the
stations.
If my daughter is awake and can walk upstairs, it’s very lucky.
But if she falls asleep on a train, it’s the worst.
I hold her in my arms with my big mama bag on the right shoulder
and the folded stroller on the left shoulder.
“ Here we go!”
When I’m ready, I hear a voice from somewhere.
“ Do you need
help? “
For a pregnant woman with a 30-pound child,
that is almost “the
voice of God!”
“ Oh, I
really appreciate it,”
I say with my biggest smile and accept the kindness.
”Thank
you VERY much!!!” (Thinking, “You’re the God.”)
When he or she leaves, they smile at me saying,
“ Have a nice day!”
Wow, I like that!
That’s so fabulous!
I hope I can be such an attractive New Yorker someday.
I promise myself every time.
![]() |
| A man talked to woman with baby to assist her. It's very commonly happen in NY. |
When I get on a bus or a train with my daughter,
someone
immediately gives up a seat for her in very natural ways.
Even if it’s crowded and nobody stands up,
someone (usually a
middle-aged woman) tells people in seats,
“ Please give
her a seat. She is too small, you see.”
Then people try to make room for my daughter.
I’ve never seen such a great scene in a train in Japan.
However, we can’t be too dependent on people’s kindness
all the
time.
We make an effort to avoid rush hour and fold the stroller
as much
as we can.
But when a child is sleeping with a lot of luggage,
we have no
choice but to step into a crowded train
with a beating heart and tell people
“ Excuse me,
we’re so sorry…”
In Japan, someone might click his tongue or frown at us.
I surely understand how they feel, and I can’t blame them.
In New York, of course, there must be many people who don’t like
children.
Once when I had to get on a train at rush hour,
I hear a man at the door shout,
“ Please step
inside more!”
Then a lady next to me answered immediately,
“ There’s a stroller
here.”
A man said,
“ Oh, Sorry.
I didn’t see that.”
And it was finished. It’s very simple and openhearted.
What would have happened in Japan?
If I got on a crowded train with a stroller in Tokyo,
I could
easily imagine how people would react.
They may keep silent with smartphone in their hand,
but watch us
with an annoyed look.
“What are you
thinking?
Read the situation.
You lack common sense.”
They never say so, but they send a non-verbal message:
“ YOU
irritate us!”
Ah…what an awful situation.
It must be feel like torture.
I can’t stand it and may flee the train to take a taxi.
In contrast, in New York, I often enjoy non-verbal communication
with people at many places.
A store assistant, waiter and waitress, and even a stranger
on a
street give my daughter a very kind smile.
At first, I didn’t understand why people smile at my daughter
and
thought she might have made a funny face.
But I realized people just think she is cute or like a small
child.
So I smile back at them.
It’s very simple, but I really like
it!
Whenever I experience this small contact with strangers,
I come to
like New York more and more.
I feel secure and it makes my day happy.
Not only for my daughter, but people smile naturally to
see any
small children.
I think people who are kind to kids mean the society is
generous
and cherishes children.
It’s really happy and lucky for parents.
A child can grow up getting such gentle affection from not only a
mother,
but also from someone in the city.
That’s fine even if it makes my daughter think she is unusually
cute.
Currently in Japan, children’s lack of confidence and self-esteem
causes
many problems, and teachers and parents think
seriously how to raise it.
In America, I feel children’s power of self-reliance might be
raised in many ways like this.
It’s not always middle-aged women who are nice to children.
Sometimes it’s men, or young ladies and guys who look still single,
or even
businessmen.
It is a surprise in a very big and busy city like a Manhattan
that
so many people see and pay attention to someone else’s children.
I’m so inspired by such great people in New York.
Recently I found myself being aware of others when
I’m walking
along a street or at a public space.
If someone needs my help, I want to repay
kindness with caring feeling.
Lovely people in this city taught me to accept kindness
and spread
it to others.
I believe such small behaviors make various manners
and cultures
in the country.
A year ago today, I first arrived here.
I’m getting used to my daily life here,
but I want to keep people’s
kindness fresh in my mind.
I don’t want to take it for granted and don’t want to forget
my
gratitude in the future.
Thank you, New York!
2015年3月31日火曜日
Buying a Home in Manhattan -Extra Edition-
Four months have already passed
since we moved into our new home.
We have bought new furniture and
settled in,
but we can never give a sigh of relief in this city, even after
buying a home.
Out of the frying pan into the
fire.
We still can’t find a new tenant
for the apartment our old apartment..
To break the lease, the
management office asked us to pay in advance
till the end of the contract, this
August, because we had just renewed
the lease last summer.
The management office said it
would look for a new tenant,
and if it could find one, they would pay us back.
So we reluctantly paid thousands
of dollars.
When I look back now, it was a
crucial moment of failure
for this too-obedient Japanese couple.
We didn’t have a lot of hope of
finding a new tenant easily
during the holidays.
Even so, the building is so new,
with luxury amenities and
a convenient location, and residential turnover is so
high
that we thought it wouldn’t take long to find a new tenant.
However…..
we waited and waited, but there
was no news.
Even if we contacted the
management repeatedly, they kept saying
“ We’re still looking.”
My husband’s face turned
impatient.
We were spending as much on the
apartment where nobody lives
as on our mortgage.
It’s money down the drain.
This situation was unbearable.
If nobody will take over the
unit, can’t we get a penny?
The worst-case scenario crossed
my mind.
I must avoid this situation by
all means.
If we did nothing and relied on
the management office,
something bad would happen. I had a presentiment.
I started to contact real estate
brokers and learned
something unbelievable.
First, the management office
listed the unit at an incredible higher price,
raising the rent by $500 a
month.
“ When you have already paid, they never
search seriously,”
one broker said.
“They show other vacant units first. So I
suspect that your unit
has not been shown by anybody in these few months.”
What?! That’s impossible!
Were they pretending to search for
a new tenant after getting our money?
If it’s true, that is a dirty
trick.
Once again I have culture shock
when I hear the broker’s words:
“This is New York City. This is the way of
business here.”
We ask the office what is going
on, but they just answer:
“ We are adjusting the price according to the
market trend.”
Is an increase of more than 10%
the market trend?
Who believes that?
I was so frustrated.
Another broker advised us to
consult lawyers,
and it made me so nervous.
At the same time, another agent
said:
“ When you rent a place, we Japanese brokers
usually negotiate
with a management office regarding breaking the lease,
so you
can leave easily even during the contract term for a little money.”
Oh, come on!!
Who was the broker who introduced
the unit to my husband?
Please work hard…
I’m crying out inside.
The broker
was not Japanese, but a local agent my husband’s company hired.
If the brokers
aren’t Japanese, it’s natural that they don’t know how to
negotiate breaking
the lease.
The broker continued,
“At least you should have negotiated with
someone in the management
before you accepted all their terms and paid.”
Sigh… We could not take the
advantage of the opportunity.
That broker couldn’t do anything for us after
the lease was signed and paid.
On the other hand, a different
broker said,
“ In March, many Japanese business people come
to New York,
and that building is very popular among them.
You will find
someone soon!”
They were very easygoing and had
the opposite opinion.
Different brokers say
differently.
I’m confused about what I should
believe.
How many times I’ve experienced
this feeing since I came here…
Anyway, we keep contacting the
management office persistently.
We thought that if we annoyed
them, they might lower the price
to the proper market rate.
We’ll never know until we try!
So, this was the beginning.
Once the price became reasonable,
we had to start searching
for a new tenant ourselves using our own networks.
And yet, I was surprised to hear
that unit prices in New York City
increase about 5% per year on average.
In Manhattan, for a 1BR
condominium rental, we have to accept
a few hundred dollars’ increment when we
renew the lease every one or two years.
From the first, that was why my
husband wanted to buy our own apartment.
He thinks the real estate market
in New York City will continue to rise
and will never be in recession except in
rare cases.
If we didn’t buy our own
apartment as soon as we can,
the price would be beyond our budget in a few years.
We never thought we wanted to get
money to invest,
but the situation is very different from Japan.
I’ve never bought an apartment in
Japan, but it is said that in 30 years,
the value of the house will be zero. In Japan, houses are not built to
last
long and people usually prefer new houses.
However, in New York City,
how
much will our new apartment’s value go up?
Well, if we earn some money in 30
years,
I wonder if someday we will be
able to laugh about it, saying
“ That payment was our lesson fee.”
No, no. We will never laugh.
This lesson fee is too expensive.
Wanted: someone who needs a
turnkey 1BR!
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