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2016年5月7日土曜日

ニューヨークの結婚式

ダンナの友達で、ユダヤ教徒の
カップルの結婚式にお呼ばれしました。

ニューヨークはユダヤ教徒(Jewish)の多い街。
政財界で力をもつ人や、著名人、スターにも
ユダヤ教徒が多いといいます。

そんなJewishの結婚式、どんな感じでしょう?
アメリカ人の結婚式も初めて。またしても未知との遭遇ですが
いつもと違うのは不穏なドキドキよりワクワクが勝ること。

ニューヨーカーのWedding!
自ずと気分もアガります。

とはいえ、
お祝儀は?
着ていくものは?
子連れ可?

わからないことばかりなので
さっそくダンナが同僚にヒアリングを開始。
すると、とにかくまずは

Registry"(レジストリ)しろと。
それからダンスの練習もしておくように。
とのこと。

ダンス・・・はともかく、
レジストリとはいったい?

同僚のアドバイスに従って老舗デパートのWebサイトから
新郎新婦の名前と挙式日を入れると

あった!
カップルの欲しいものリスト

食器、花瓶、写真立て、キッチン用品、
インテリア・・・
Kate Spadeのカトラリーセット$200とか、
コーヒーポット$270とか。

カップルというよりほぼ間違いなく100%奥さまの
欲しいものなんだけどアメリカ人Wish List大好きね。
(先生たちの欲しいもの!)
やっぱりここでも自己主張は大事というわけです。

2人で$500くらいになるように、と同僚に言われた通り
いくつか選んで、カートに入れてクレジットカードで
支払いを済ませたら、あとはもう自動的にカップルの
自宅に届くよう設定されています。

なるほどねぇ

これなら誰かとプレゼントがかぶっちゃった、ってこともないし
せっかく頂いたけど使わない、、、っていうこともないし、
当日持参する方も持って帰る方の手間も省ける。
全くもって合理的です。

このレジストリを事前に済ませておけば
お祝儀は不要との言葉を信じて当日は手ぶらで会場に向かいました。

19時スタート夜の結婚式。
お洒落なトライベッカエリアのお洒落な煉瓦造りの建物。
ぐっと照明が落とされたエントランスのホール、
ドレスアップした男女がシャンパングラス片手に談笑して
いる中に恐る恐る足を踏み入れます。

シャンパンの泡が、シャンデリアが、もう全てが
キラキラ眩いNYの大人の夜!

そう、これよ、これ!

子供たちベビーシッターに預けてきてよかった
間違って連れてきてたら相当ヒンシュクかってたわ・・・

そこから別室に移動し待機すること約1時間。
なかなかスタートする気配がありません。
結局、挙式が始まったのは20時をまわった頃でした。

おなかすいた・・・・

祭壇には4本の支柱ときれいな飾りが施された天蓋があり、
の下に新郎新婦が立っています。
この天蓋、新しい家族のシンボルということでユダヤ教の結婚式には
必要不可欠だそう。
そして、おおっ!いたっ!
テレビでしかみたことない”ラビ”!

式を執り行うのはキリスト教なら神父さん、
神前式なら神主さん、ユダヤ教ならこのラビさん。

お二人の馴れ初めは、match.comならずJ.comみたいな
ユダヤ教徒のためのマッチングサイトからはじまったそうで、
そういうこともラビは包み隠さずお話ししてくれます。

そっかぁ・・・

ここでは婚活するにもまずは
相手の宗教が何ってところから始めないといけないんだ。
日本ではなかなかない発想です。

誓いの言葉の後に、何かが割られる音がし、
何か叫び声が聞こえて式は厳かに終了しました。

後から調べると、これは大事な儀式のクライマックスだったようで、
新郎新婦が飲み交わしたワイングラスを新郎が踏んで割り、
皆で祝福の言葉を叫んでいたようです。

”一度壊れたものは元に戻らないから別れないように”

などの様々な意味を込めてグラスを割るらしい。

酒樽を割る鏡開きとか、ケーキ入刀とか、よくある
”2人の共同作業”的なんじゃなくて、そこをあえて
割り、壊す・・・。

そんな縁起の悪いことお祝いの席でいいの?
って思いますが、ここが宗教の違い。文化の違い。
おもしろいなぁ

挙式が終わり20:30

おなかすいた・・・・

再び別室に移動すると、お寿司やチーズ、ハム、
フィンガーフードなどが次々に運ばれてきて
バーカウンターではワインやカクテルがじゃんじゃん
注がれていきます。

待ってました!

新郎新婦は歩き回りながらみなさんとご歓談
披露宴って着席じゃなくて立食なのね

全くパーティー慣れしていない我々夫婦は、
”やっぱり日本とはいろいろ違うね〜”とか話しながら、
ここでガチで食べてしまうのですが、、、、

21時半もまわり、おなかもいっぱいになったし、
そろそろ失礼しましょうか。

って、えーー!

先ほどの挙式会場、豪華なディナー会場に大変身しているでは
ありませんか!

22時近くから、まさか、ここからディナーが始まるとは、、、、、
大人のパーティーではまずカクテルパーティーがあって、
ディナーはその後、だなんて。。

盛大な披露宴が始まり、DJの音楽にあわせて老若男女ノリノリで踊りまくる中、
完全に読み違えた私たちはデザートにまで至ることなく、日付が変わる前にと、
早々に失礼させて頂いたのでした。

サクサク時間通りに始まって終わる日本みたいな式もいいけど、時間を気にせず、こうやってゆったり楽しむのもまたいいものです。

お金も時間もたっぷりかけられた最高にゴージャスなこのたびの結婚式。

ーティー王国アメリカの本気を、豊かなJewishの人々の世界を、ちらりと垣間見た夜だったのでした。






2015年10月12日月曜日

マンハッタンで出産する(産後)

産んだ後も
”先生、そんな大きなダイヤの指輪したままとりあげてくれたの?!”
というところから始まり、次から次へと産後サプライズは続きます。
大粒ダイヤの指輪をしているドクター多く見かけます

まず新生児の足と両親の手首に紙のようなものがくるっと巻かれたのは名前入りのバーコード。
新生児室から引き渡される時には必ずスキャンでピッと照合する仕組みになっています。
トイレに行くにも必ず母親が新生児を乗せたバシネットを押して一緒に入らなければならず、片時も目を離さないよう厳しく言われます。

院内スタッフの新生児の取り違い防止というよりは、連れ去り?防止のため?なのかわからないけど。。。離婚社会アメリカでは親権が絡む色んな事件があったりするのかもしれません。

相部屋に移されてからも、”Congratulations! I'm XXXX......”
と、看護婦さんはもちろんのこと、指導員とか、母乳育児相談のコンサルタントとか、色んな人が出入りするのですが、最後の方はもう誰が誰だかさっぱりわけがわからない。
いくら無痛分娩とはいえ体力も気力も消耗しきってボロボロのところで早口の英語で質問攻めはやっぱりきついものです。

”明日、退院のオリエンテーションには必ず参加して下さい”

って、、、、3時間前に産んだとこなんですけど、、、
今、入院したとこなんですけど、、、

みたいな感じで、2泊3日のスピード入院生活はスタートしました。

退院後3日以内に赤ちゃんを小児科に連れて行くように言われ、上の子の主治医の先生に予約をとろうとすると新生児は診ていないとのこと。
すっかりあてにしていたので、慌てて友達にばーっと連絡をとり、おすすめの小児科医を聞き出し、保険適用されるか調べ、電話でアポ取り・・・・
なんてことやっていたらあっという間に半日終了してしまいました。

知らなかったよー
産む前に小児科医探しとかなきゃいけなかったなんて。

午後になって、オリエンテーションに行ってみると、またまたプチサプライズ。
なに、、これ?
夫婦で参加が2ー3組、あとは旦那さんの参加者で、産後のガウンを着て
1人でいる母親って私くらい。。

えっと、、、今日、平日だよね?
みなさんお仕事は?
うちのダンナは普通に会社行ったけど、、、

やっぱり、ここはアメリカ。を実感するわけです。こういう時。
出産は夫婦2人の恊働作業、パパたちは当然会社を休んできています。
育児も”お手伝い”じゃなく”主体的に”張り切ってやってくれる父親が多いのがアメリカ。
こういうところは本当にいいなぁと思います。

入院中は、言うまでもなく、お祝い膳のような豪華な食事もなければ、退院前のシャンプーブロー、カット、アロママッサージなど日本の産院でEnjoyした素敵な入院ライフとはほど遠く、シャワーを浴びる時間も気力もないままあっという間に退院の時間になりました。

荷物をまとめていると、看護婦さんがきて、
”病院からよ”と言って手渡してくれたのは、シャネルのコスメポーチとラルフローレンのギフトボックス。こんなのくれなくていいから、入院費安くしてーーー!


そして、退院後、懸念していた通り、今回
最大のサプライズがやってきました。

!!!請求書!!!

ぽつりぽつりと届く何枚もの請求書の金額にいちいち絶叫していたけれど、あらためて今回、検診も含めた分娩、退院までの総費用を出してみるとなんとまあ、その額日本円にして800万円近く・・・・
これ、もし帝王切開だったら冗談じゃなく1千万円いってたかも?!

保険で自己負担分は1割以下で済んだもののそれにしても、ひどい。。
わざわざご丁寧に赤ちゃんの分だけ別に請求された時にはホント目を疑いました。

新生児の部屋代だけで、
”Newborn Semi-Private”$7,700(約93万円)

Semi-Privateってあの相部屋のこと?
隣にバシネットで寝てただけなのに?
たった2泊なのに?

特別検査などもしたのでそのせいか、、、、
もしくは今回産んだ病院が殊更に高額だったのかもしれません。
ニューヨークで、アメリカでの出産が、全てこんなわけではないでしょう。

やはり入院費がとんでもなく高額でその大部分は往診にきた(と思い込んでいた)
様々な人々の人件費だったみたいです。

請求書の額を素直に払わず、保険会社と交渉すれば、安くなったかも?
来る方々の診察を断って、お帰り頂くという日本人的なマインドでは到底考えられない、裏技もあったらしいのですが。

それにしても最後までびっくりのマンハッタンでの出産体験。
先日、病院に貼ってあったバナーを見て思わず納得したのでした。

”Amazing Things Are Happening Here" 
ここで、とんでもなくびっくりするような(素晴らしい)ことが起こるでしょう!


”Amazing Things Are Happening Here”って本当にその通り・・
色んな意味でビックリの連続!








2015年8月7日金曜日

マンハッタンで出産する②

看護婦さんが部屋に戻ってきました。

”さあ、これからなんとか、かんとか”と言うと、

点滴の準備を始めているようでした。

・・・・うーん。。。


わからないけど、されるがままにしてるか、、、と、

いつもの感じでやりすごそうかとも思いましたが、
やはりここはこれから出産、というシーン。
面倒がらずに一応、確認しておくことにしました。

看護婦さん、もう一度ゆっくり説明してくれますが、

私の顔が???なのを見て通訳サービスを勧めてくれます。

通訳サービス・・・?!


そうなのです。

アメリカでは政府から補助を受けている病院では無料で
日本語の医療通訳サービスが受けられると聞いた事がありました。

今こそ、それを試す時です!


お願いします、と言うとすぐさまトランシーバーのような機器で

看護婦さんがどこかに連絡してくれました。

そんなすぐ飛んで来てくれる日本語の通訳さんがこの病院のどこかに

常時スタンバイしているのかと思うとびっくりしますが、そうではなく、
電話口から美しい日本人女性の声で

”こんにちは。本日担当させて頂きますXXXと申します。よろしくお願いします。”


と、紹介があり看護婦さんが話した内容を忠実に訳してくれました。


デパートの受付嬢のような美声で耳に心地よい通訳さんの説明は大変丁寧で

よかったのですが、でも、これ毎回ひとつ、ひとつやってもらってたら
産まれちゃうよ・・・という程のまどろっこさ。(ごめんなさい…!)

すると隣のソファーでBlack Berry片手に仕事ばかりしていると
思っていたダンナが

”要するにこれは、血管確保のための点滴でみんなやるからって。”


とサクッと。お、ちゃんと聞いててくれたのね。


そうそう、カメラマンじゃなくてこのために来てもらったんじゃないか!


ここはダンナを頼る事にして通訳体験は1回で終了としました。


間もなく陣痛促進剤が注入され、少しずつ痛みを感じ始めると、

ようやく自分の中で”さあ、産むぞっ!”という気になってきました。

この間、何人もの人が出たり入ったりしては、挨拶だけして帰って行く

いうちょっと不思議な光景が繰り広げられていました。

”Hi, 私は、麻酔科のXXXXです。”

”私は、研修医のなんとかです。”

大学病院なので、若い人も結構います。

どんな時にもまずは自己紹介して相手に警戒心を抱かせない、
というマニュアルでもあるのでしょうか。
それもなんだかアメリカっぽいけど。。。

そうして痛みもだんだん増してきていよいよ麻酔を入れる時になりました。

アメリカは無痛分娩が9割以上と聞いていたし、痛みは少なければ
少ないほどいい、
と単純にそう思う方なのでこれは大変ありがたい。

ごはんも不味い、入院も短い、くせに費用はべらぼうに高額・・・

国籍取得以外にアメリカで産むメリットはもうこの無痛くらいしかない、、、

ヒスパニック系20代とおぼしき男性の麻酔科医のヤングガイ、
一回りくらい若そう。
傍らでおじいちゃん先生に指南を受けながら背後から痛み止めの麻酔を
注入していきます。

(しっかりお願いしますよ〜)


心の中で念じながらも即座に痛みが消えるわけではなく、

薬で陣痛を誘発しているせいなのか、この時既に転げ回りたいくらいの痛みです。

”今、レベル10段階でいうと、どれくらい痛いですか?”と麻酔科医。

10と即答したいのを我慢して、"8、かな、、いやいや、やっぱり9"
とか答えながらも、
あぁ、、この先生たちには私らの痛みって一生わかんないん
だろうなぁ、などと考える余裕があったので実際はそれ程でもなかったのかも
しれませんが・・・

その後も麻酔は管を通して常時注入されている、というすごい状態で

再びベッドに横になるよう指示されます。

”痛くなったらこのボタンを押して下さいね。”
って、自分で勝手に薬入れちゃっていいの?!

でも、アジア人の私の身体には効きが良すぎたのか、

薬の量を増やすまでもなく、1時間もすると完全に痛みを感じなくなりました。

これが、、無痛分娩か!!!すごい!


でも、、こんなにも何も感じなくて果たしていきめるのだろうか。。


その時、薄手のパーカーのポケットに両手を突っ込んで、サラサラの金髪を

無造作にまとめあげた美人が颯爽と部屋に入ってきました。
まるでそのへんをジョギングしてるついでに、ちょっとここにも寄ってみたわ、
みたいな爽やかさ。

”Hi, 私はDr.XXXXよ。

あなたの担当医が来るまでちょっと見てるわね。”

と言うやいなや、子宮口の開き具合をチェックすると、

”まだまだねー。3cmってとこかしら。”

 じゃ、また来るわね〜。See you! " 

と、登場した時と同じくらい颯爽と去って行きました。

あの人、、先生だったんだ。
なんとも、、カジュアル。

それにしてもこの病院のお医者さんたちはさっきから

そろいもそろって、美しい人たちばかり!

”みんな美人だし、かっこいいし、すごいね。”とダンナに言うと

”そりゃそうだよ。医大に行けるような人は家が金持ちだからな。”

と、金持ち=美男美女、というよくわからない持論を展開してきましたが、

確かにこの国では、所得と外見の善し悪しにはなんらか相関関係があるのかも。
ダンナの持論も一理あるような気がします。
整形手術、とかいうことではなく、教育や環境的な要因が大きいような
気がするのですが。

それにしても、あの爽やか美人ドクターの言い方だとまだまだ当分、

時間がかかりそうです。

ふと周りを見渡すと、モニターを見てなにか打ち込んだり、作業している

看護婦さんたち。麻酔科の先生も時折部屋に入って来てはモニターをチェック。
そして、もちろん隣ではダンナがずっとiphoneを見っぱなし。

なんだろう、これは・・・

誰も妊婦の私を見ることなく機械ばかり眺めてるこの異様な光景・・・

いくらITの国だからって、少しばかりアナログな感じのあたたかさが
恋しくなってきます。

そのうち約束の5時になったのか私の担当医(もちろん美人)が部屋に入って

きてにっこり挨拶してくれると、知らない人と機械ばかり囲まれていた
緊張が解け、ようやく少しあたたかさを感じます。

”Hello! どう?調子は?まだ子宮口が開いてないみたいね。

また戻ってくるから、昼寝でもしてて。”

と、ドクターはいってしまいましたが、安心したのか
本当に
寝入ってしまいました。

麻酔が効いていなかったら今頃このベッドの上で身悶えていたことを思うと、

無痛分娩って本当に偉大です。

そうしてどのくらいの時間が経ったでしょうか。


目が覚めて暫くすると、ドクターが戻って来ました。

子宮口をチェックすると薄手の手袋をはめ、腕まくりしながら、サラッと一言。

”OK. Let's have a Baby!" 


”じゃ、そろそろ産みますか!”みたいな、軽いノリが
おかしくて思わず
笑ってしまいます。

どこまでもリラックスなアメリカの出産。


思いのほか子宮口が開くペースが早いので、ここで陣痛誘発剤はストップ

するとのこと。
両足を顔の近くまで自分の両手で持ち上げて、10数える間、いきむように
言われます。

でもやっぱりいきめない、、、

だって全然痛くないんだもん。

誘発剤止めたせいか、なおさら何も感じなくなっています。


ダンナも私の足を持つよう言われ

”え?!僕もやるんですか?!”
といかにも心外だなぁーみたいな感じで、慣れない手つきで手伝います。

看護婦さんがモニターで陣痛がくるタイミングを見計らっては、

”さあ、きた!始めるわよ!”と、カウント10でいきみますが、なかなか
難しくて自分でも全然赤ちゃんがおりてくる気がしません。

”もっと、がんばって。そう、もっともっと強く!”


と、夕暮れ時の黄色い西日が差し込む静かな病室に、先生と看護婦さん

2人の声が響きます。

途中休みながら、それを何度も繰り返しながらもその間、

ん??先生、なんか見てる?
院内連絡用のタブレットかなんかかと思いきや、

普通にスマホいじってます、、、、


しかもFacebookとかTwitterとかの類のSNS見てるっぽいんですけど・・・

これには、片時もiphoneを手放さないダンナでさえも、”マジか?”の表情。

友達から別の先生でも”分娩の時、スマホ見てたよ”という話を事前に聞いて

予備知識があった私はさほど驚きませんでしたが。

でもやっぱりすごいわ、アメリカのドクター・・・
日本なら絶対NG。
っていうか常識的に考えてまずあり得ない。

もう、イラっとするとか、怒りとかなくて、
あまりのカルチャーの違いに
笑えてきます。

その後も全く痛みを感じないので、誘発剤を再開すると
程なくして
じわじわと陣痛を感じ始め、赤ちゃんの頭でグイグイ押される感覚が
わかるようになりました。

その時です。

いきなり天井の一部が開いたかと思うと、巨大な丸いライトが突如、
頭上に現れました。

よくテレビで見る手術台の上とかにある白っぽい電球がいっぱい付いた
ピカーって明るい照明。

こんなところに隠されてたのか!!

同時に、どこに待機していたのか、数時間前に挨拶してくれた人たちが5ー6名、
カートに乗せた様々な機器を押しながら足早に部屋に入ってきました。

ささーっと青いシートがベッドの下に敷かれ、いつの間にかドクターも
青い白衣(白衣とは言わないか、、)に青い厚手の手袋にはめかえ、気付くと
部屋全体があの「ER緊急救命室」みたいな雰囲気になっているではありませんか!

それはまるでミュージカル!
舞台装置が変わって、ガラっと場面が変わるのを観客席から観ている・・
まさにそんな感じでした。

そうか、いよいよ産まれるんだ。

と妙に冷静な自分がいます。

よし、いくぞ、と気合いを入れてカウント10。
頭が少し出てきたようです。
2回目のカウント10で頭がズルッと出た感覚があり、
3回目のカウント10で足まですっぽり出たのがわかりました。

”オギャー、オギャー!!!”

元気いっぱいの産声を聞いて思わず安堵の涙が出そうになったところで

すっとんきょうなダンナの声。。

”えぇ?!僕がやるんですか?!”


って、今度はなにーー?


目線を下げると、動画撮影中のiphoneを片手に(←こんな時でも放さない)、

ドクターからハサミを渡され、慌てふためきながらへその緒をちょきんと切る
ダンナの右手が見えました。

へその緒ってこんなにも太かったのね、、なんてどこまでも
冷静な自分が
おかしいくらいです。

そうして、胸の上にまだ生あたたかい赤ちゃんがぽん、と乗せられて

ようやくその存在を確かめることができました。
1人目の時は感動して泣く余裕さえありませんでしたが今回は嬉しくて、
ホッとして、あとからあとから涙があふれて止まりません。

あぁ、、、良かった。

元気に産まれてきてくれてありがとう!

2015年7月9日木曜日

マンハッタンで出産する①

予定日が近づいてきました。

ところが、こない・・・
破水が、陣痛が、全くこないのです。

「2人目は2週間も早く産まれた」
「いや、私は1ヶ月近く早かった」

と話す友人たちの話をいろいろと聞いていたので、
日本にいる両親にも早めに来てもらって準備は万端。
観光もひとしきり終わり、さあ、あとはもう産まれるのを待つばかり、
となりましたが肝心の赤ちゃんが出てくる気配が全くありません。

予定日間近の検診日、先生から
「あなた何歳だった?36歳ね。それじゃ待っても10日ね。
 もし予定日過ぎて10日経っても産まれなかったらX日に
 誘発剤で産みましょう」
と話がありました。

自宅に戻るとすぐに病院の受付スタッフから電話があり
「X月X日、予約が確定しましたので午前6時に病院に来てください」
とのこと。

朝6時ってずいぶん早いな・・・

いつも診察してもらう先生のオフィスと、当日出産する病院は

数ブロック離れているので先生はオフィスと病院を行き来しているのです。
先生もそんな早朝からご苦労さまです。
24時間態勢の産科医というのは本当に大変なお仕事です。

そして、、、、
特に何が起こるわけでもなく静かに予定日は過ぎ、
また検診に行きましたが、兆しは見えません。

帰り際先生に、
「あ、X日は朝6時に病院に行けばいいんですよね。」
と何気なく聞くと、

「私はここ(オフィス)での診察が終わって、そうねぇ、
 夕方5時くらいに病院に行くから、あなたはまぁお昼くらいに
 行ってれば大丈夫よ。」
「え?でも、病院側からは朝6時に来てって言われましたけど・・・」
「あはは、気にしなくていいわ。これからもし病院の誰かから連絡あっても
 聞かなくていいから。絶対に!」

 と語尾を特に強調して「私のいう事だけ信じてればいいから」
 といったニュアンスを含む力強い返答が。。

はい、出ましたー。
オフィスと病院の連携、全然とれてなーい

あの人と、この人で言ってること、全然ちがうよ、ってこと、
よくあります、はい。
単に英語が聞き取れず自分が勘違いしていることもあるけれど、
多くは両者が言ってることが本当に違うのです(泣)

あぶない、あぶない、、、
聞いといてよかったーー

そしてついにXデーの前夜となりましたが、
とうとう赤ちゃんは出てきませんでした。

当日はダンナに会社を休んでもらって、
近所のカフェで黙々とサンドウィッチを食べ、
いつものバスで一緒に病院に向かいます。

なんとも日常の延長的な、淡々とした出産前です。

でも、病院が近づくに連れ、ダンナは少しずつ
盛り上がってきたようで信号待ちや、瀟洒なエントランスで、
「はい、ちょっとこっち向いて〜!!」と
お気に入りの一眼レフを首から下げて
バシャバシャ、シャッターをきりまくっています。

すっかりイベント気分。
こっちはこれから一世一代の大仕事だというのに・・

でもおかげで少し気分が和らぎました。

受付を済ませると、

「Hi, 私は看護婦のXXXよ。」
「同じく看護婦のXXXです。どうぞこちらへ」

と、若い看護婦さんが2人近づいてきて、
部屋に案内してくれると言います。

廊下を歩きながら、東京で長女を出産した時の記憶が蘇ってきました。
分娩台に移される直前まで3畳程の窓のない小さな薄暗い
陣痛室のベッドの上で悶絶していた4年前・・・・

アメリカは無痛分娩だから悶絶時間も短いはず、、と自分に
言い聞かせながらも、これから未知の体験が始まるかと思うと
自ずと緊張も高まります。

「どうぞ」

と通されたのは、、、

ここに来て以来、期待を裏切られることはあっても、
期待以上ということはほぼ皆無でしたが、
これはいったいどういうことでしょう・・・

木目調のウォールナットブラウンの壁に、オレンジの暖かい照明。
3畳どころか1LDKくらいの広々とした明るい室内。
ソファーがあって、テレビもクローゼットもチェストもあって、
部屋の中央には真っ白なシーツが敷かれた大きなベッドがゆったりと
横たわっています。
大きな窓からはアッパーイーストの高層マンション群と
緑の木々が広がり、やわらかな陽の光が差し込んでいるではありませんか。

どこに来ちゃった?
ここホテル・・・?

「陣痛の間はここで待つんですか?」
と、可愛い看護婦さんに聞いてみると、
「ここで産むのよ」
との答えが・・・

こ、ここ分娩室なのー?!

「ちょっ、特別プランとかにしたの?」

 とあきらかに心配顔のダンナ。
「いやいや、してないよ。」

「ここは普通の分娩室なんですか?」

 と看護婦さんに聞くと「Yes」と一言。

驚きを隠せないまま、目をまん丸くしてよくよく
部屋の中を見渡すとベッドの右隣にはたくさんの
ケーブルに繋がれたコンピューター機器やモニターが
4ー5台陳列しています。
そして隣には新生児が移動する小部屋も付いていて、
そこにもたくさんの医療機器が備わっています。

へぇ〜、すごいなぁ。
いい意味で思ってたのとだいぶ違うわ。

もっとこう手術室っぽいところを想像していたというか・・・
ピカーっとギラギラ眩しい白っぽい照明の下で、
足台の付いた固い無機質なベッドの上で、踏ん張るのだと
ばかり思っていました。

「ガウンに着替えてて下さいね」

と言われ、看護婦さんたちが部屋を出るやいなや
嬉々として撮影を開始するダンナ。

旅行でホテルに到着した時と全く同じテンションです。



それにしてもこの空間、妊婦も、同伴の家族もリラックスできるように
とてもよく考えられています。
ほどよく柔らかいベッドに横たわるとなんだか眠くなってきました。
「自宅分娩する人ってこんな感じなのかなぁ」
ウトウトしながら未体験ゾーンへの旅はスタートしたのでした。

※最近は日本にもこのような設備を備えた病院があるようです。
 LDRと呼ばれ、陣痛(Labor)、出産(Delivery)、回復(Recover)までを
 同じ部屋で過ごすという歴としたひとつのお産の方法だそうです。





2015年3月14日土曜日

ニューヨークはあたたかい

今週に入り、ようやく少しずつあたたかくなってきました。
3℃、4℃、日本なら真冬の寒さでも−10℃前後の寒さに慣れた体には、
既にあたたかい。春の訪れを感じるようになりました。

さて、これまでなにかにつけてニューヨークで暮らすのって大変。
ってなことばかり書いてきましたが、もちろんそんなことばかりでは
ありません。

これっていいな、って思うこと、あたたかい気持ちになること、
日々の些細な出来事の中にいろいろあります。

まず思うのは、
子供に優しいニューヨーカーのなんて多いこと!

ハワイやグアムなどで、ホテルのスタッフやレストランの店員さんが
顔中にっこにこの満面の笑みで

「Hi! Little Baby!」

と声をかけてくれるのは嬉しいけど、それはそこが観光地だから、
私たちがお客さんだからだと、心のどこかで思っていました。

でも、ハワイでもなく、観光地でもない、
クールで都会的な人たちというイメージのあった
ニューヨークの人々が、娘と私にこんなにも優しく接してくれることに、
来た当初は嬉しい驚きと戸惑いを覚えました。

特にベビーカーにまつわるエピソードは山の数ほどあります。

例えば、ドアオープン。
お店に入る時、地下鉄の駅に入る時、
ドアの前にベビーカーを止めて、
ドアノブに手をかけたあたりでどこからともなく

「I got it 」

という声が聞こえてくるのです。

すると自動ドアのようにすっとドアが開いて、
私たちが中に入るまで彼ら、彼女らはドアを開けて
持っていてくれたります。

ちょっと、ちょっと、かっこいいじゃないの!

日本じゃ、レディーファーストとか言ってデート中の男子に
たまにやってもらった経験しかありませんでした。

ここじゃ、男性だけでなく、女性も、若者も、お年寄りも、
ホームレスような人にも・・・
これまで本当に色んな方にこの
ドアオープンのご親切をしていただきました。

その素早さったら!
どこからともなくさっと現れて、さっと去っていく・・・

彼らは別にその店に入ろうとしているわけでも、
地下鉄に乗ろうとしているわけでもなく、ただただ、
ドアの前で立ち止まっている東洋人の親子連れを見て、
わざわざ止まってくれる単なる通行人だったりするわけです。

そこに驚きます。
誰かのためにドアを開けてあげるためだけに
立ち止まれるか?

日本なら”おもてなし”とか”サービス業”という役割や責任を
与えられたら俄然実力を発揮する人が多いと思うのですが、
ここではなんかそれとは違うのです。

逆に、そんな親切なニューヨークの人々なのに接客などの
仕事となるとその対応の悪さにがっかりすることの方が多い。

食事をして、お金払って、チップまであげてるのにこんな
対応しかできないの?!
と、日本の高レベルの接客に甘やかされている私たちにはどうしても
理解できないような経験も度々です。

うーん、なんとも不思議です。

またある時は、”神の声”が聞こえることもあります。

エレベーターのない駅が多いマンハッタンの地下鉄、
どうしても階段を使わなければ上り下りできないことが多々あります。

子供が歩ける時はラッキー。
なんとか歩かせながら階段を上り下りすればいいけれど、
寝てしまった時などは最悪です。

片手に娘を抱きかかえ、荷物の入った大きなバッグを肩かけして
ベビーカーをたたんで持ち上げて「さあ、いくぞ!」と
戦闘態勢を整えたところで
「大丈夫?手伝おうか?」
と、またどこからともなく声が・・・・

寝込んでさらに重く感じる13キロの娘を抱えた妊婦に
それはもう、ほとんど神の声!

「あー、もうホント助かります。
 ありがとうございますっっ!!!!(あなたは神さまです)」

と最大の笑顔で御礼を言って厚意に甘えさせて頂きます。

別れ際にはにっこり笑って

「Have a nice day!」とか言って去っていくその人。

いいな、かっこいいな。ああいう人に私もなりたい!
毎回心に誓うのでした。
男性が赤ちゃん連れのお母さんに声をかけて手伝っていました。
地下鉄の階段ではこんな光景を日常的に見かけます。
もちろんバスや電車に乗り込んだ瞬間には、
娘にさっと席を譲ってくれる人がほとんどです。
混んだ車内で誰も立ち上がらないと、隣に立っている人が
「ちょっと、あなた、この子に席を譲ってあげて」
と言ってくれたりすることも。

とはいえ、甘えてばかりもいられません。
私たちもラッシュアワーを避ける努力もするし、
ベビーカーをたためるときは極力たたみますが、
やはり子供が寝てしまった時や荷物をたくさん積んでいる時には
「みなさん、ごめんなさい・・・」
と思いつつドキドキしながら、エイやっとそのまま乗り込みます。

こういう時、日本なら「ちっ!」と舌打ちする人や嫌な顔をする人が
いてもおかしくないし、それもわかります。

ニューヨークの人々の中にも快く思っていない人も、
もちろんたくさんいるでしょうし、子供が好きじゃない人も
大勢いるでしょう。

一度やむをえずラッシュアワーとぶつかってしまった時
「ちょっと、つめてよ!」と誰かがドア付近で叫んだ時に、
隣のおばちゃんが、
「ここにベビーカーがあるの!わかんないわけ?!」
と返してくれました。
「ごめん、ごめん、見えなかったから」
というやりとりがあっておしまい。
さっぱりしています。

もしこれが日本で都内の満員電車ならこういう時、
どうなるのでしょうか。

周りの人たちは、無言でスマホをいじりながらあからさまに
厳しい視線を向けたりするのかも。。。

「空気よめよー。何考えてんの?
 こんな時間にベビーカーで乗るなんて非常識。」

という、無言の糾弾を受け、拷問のような数十分を
過ごすのでしょうか・・・
小心の私なら耐えきれなくて、逃げるように途中で
降りてタクシーに乗ってしまうかもしれません。 

逆に、こちらではそういう非言語のコミュニケーションが
愉しいことがあります。

ショップの店員さん、歩いていてすれ違う人たちが娘を見て
にこっとしてくれたり。

最初はうちの子なんかヘン顔でもしてた?

と思いましたが、単に子供を見て「可愛い」と微笑んでくれる人
たちが多いことに気付きました。

そこで私もにこっと返す。

こういうのってすごくいいなー

ただ、それだけのやりとりですが毎回思います。


殊更にうちの子が可愛い、ということではなく、
小さな子供を見ると、自然とそういう反応をしてしまう
大人が多い、そういうことなんだと思います。

社会が子供に対して優しいってこういうことかな。
とも思う。

子供は母親だけからではなく、こういう見ず知らずの
誰かからも笑顔というかたちの愛情を受けて大きくなっていく。
とっても幸せなことです。

娘にはおおいに勘違いしてもらって結構!
日本で足りない、足りないと言われている子供の自己肯定感も、アメリカではこんなかたちでも育まれているのかもしれません。

微笑んでくれたり、話しかけてくれたりするのは、
おばちゃんだけじゃありません。
若いお姉さんもお兄さんも、おじさんも
子供をよく見ている人が多いことに驚きます。

他人に無関心な人が多いのかと思っていた大都会のマンハッタンで、
人々の周囲へのアンテナやアテンションの高いことに、ただただ
驚くばかりです。

私もただぼーっと歩くのをやめて、困っていそうな人が
いたら、少しでも日ごろのお返しをしよう。

そういう気持ちにさせてくれるニューヨークの街。
こういうあたたかい気持ちは人から人へ伝播して、伝染すること。

ここの人たちに教えていただきました。

もうすぐニューヨークに暮らして1年になります。
街の人たちのご厚意を当たり前に思うことなく、
何年経っても感謝の気持ちを忘れませんように!
ここに留めておきます。