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2016年7月12日火曜日

おわらないNY はじまりのSF

結局、引っ越しまでに家の売却は完了しませんでしたが
(そして今現在も・・・)家族揃ってサンフランシスコに
移り住むことに決めました。

広く、青いカリフォルニアの空、清々しい爽やかな空気、
ただ、ただ癒されます。

スーパーの袋が有料なのでエコバックを持ち歩くようになり、
Trader Joe'sの買い物袋を下げてスケボーでぶっ飛ばす
お兄さんに驚いたり、おもちゃみたいなレトロなケーブルカーや
路面電車が可愛くていちいち立ち止まってみたり
新しい街での暮らしはいつだって新鮮な発見に溢れています。
で、やることと言えばまた

家探しから学校探し....
じゃなくて、
学校探し、からの家探し

ほとんどデジャブのように2年前と同じところからスタートです。


サンフランシスコとその近郊のベイエリアと呼ばれる一帯は

NY並みに家賃が高くやはり家探しは一筋縄ではいきません。

良い学区のエリアは家賃が高い、これもNYと同じ。

加えて、ここでは白人、アジア人など人種構成のバランスがどうか
というのも注意が必要でこれがなかなかむずかしい。

それでも、なんとかぎりぎり予算内で郊外の希望エリアに

一軒家を借りることが出来、まずは一安心です。

・・・・とは、やっぱりいかずっ!


こちらの家の賃貸契約した翌日に

”銀行との諸手続きにさらに時間がかかりそう”
とNYの家の買い手から不吉な連絡が。

既に約束の期日はとうの昔に過ぎ、クロージングが
遅れに遅れているだけに不安ばかりが膨らみます

本当に大丈夫だろうか?

家が売れるまであっちとこっちで家賃の二重払い、

という恐れていた事態は免れそうもありません。

問題はそれが一体これからどのくらい続くのか。

この感じどこかで・・・

NYで家を買った直後のあの悪夢が再び蘇ります。

ダンナだけ先に来て安アパート借りて住んで、

私と子供は売れるまでNYに残るべきだったか。

長期化するようなら今から荷物を送り返して
私たちだけ戻る?

今さらそんな… 

新たな買い手を探してまたゼロからとなるとこれから

半年はかかる。

見込みが甘かったのか、

ああすればよかった、
こうするべきだったのか、

答えの出ない自問自答を繰り返して悶々としながらも、

日々の生活は待ったなしです。

車を買い、学校の申し込みを済ませ、

病院探しをして、どこに何があるか調べ・・・
新しい生活の立ち上げを進めなければいけない。

おわらなくても、はじめなければいけないのです。

決着がつくまでは先に進めない、

きちんと終わらせてから次にいく、
そういう道理が通用しなくて、わからなくても
わからないまま、前に進めていくしかない。

こういう状況にそろそろ慣れなければ。

新しいチャレンジをするって
こういうことなのかもしれない。

それに


”絶対にこうじゃなきゃ”
なんてことは何ひとつないんだから

とも思うのです。


こうじゃなきゃいけない、絶対こうしたい、
という思い込みとか欲でガチガチになると、
周りをコントロールしようとしたり、
怒りや不安でいっぱいになってつらくなるし、
ものごとが複雑になってしまうこと、
結果的に上手くいかなくなること、
身を以て学んできたことです。

きっと、これって、日本にいても、アメリカにいても、
どこにいても関係なくて。

それに、苦労したことは決して無駄にならないし、

そこからのレッスンは、次に進む時の大きなパワーに
なることだってわかっています。

実際、現在進行形でこんなに肝を冷やして

ハラハラしている物件売却の真っ最中に

”いづれは、ここでまた家買ってもいいかなぁー


と全く懲りていないダンナに心底驚愕しましたが、

人間というのはこのようにして強く(しぶとく?)
なっていくのかもしれません!

そんなわけで、まだまだこの先なにがどうなるかわからず、

この地でもなにやらいろいろありそうですが、
NY生活をテーマに書き綴ってきた本ブログはひとまず
今回で終わりにしたいと思っています。

思えば2年前の7月に旅行で初めて来た
この地で再会した友人に
”なにか文章書いてみたら?”
勧められたのがきっかけでした。

2年後ちょうど同じ季節、ここで最後のポストを
書いているのがなんとも不思議な感じ・・・

書くことで、モヤモヤしていた考えが整理されたり、
新たな気づきがあったり、ものごとを見る目が変わったり。
ブログやってみてよかったな、と思っています。

そんな自己満足のような文章に最後までおつきあい下さり、
お読み下さった全てのみなさまに心より感謝します。
本当にありがとうございました。

またいつかどこかでお会いできるのを楽しみに!

2016年6月13日月曜日

SFに住むことになりました・・・⁈


「新しい仕事、決まったわ」

というダンナの一声でまたしても我が家の
これからが動きはじめました。

先日彼は10数年勤めたこれまでの会社を辞めて、
サンフランシスコにある別の会社へ転職することを決めたのです。

アラフォー目前にしてチャンス到来、
予てより進みたかった道へのキャリチェンジ&アップ、
いつか西海岸に住みたいという夢だって知っていました。

栄転を喜び、応援してあげたい。

私だってSF好きだしいつか住んでみたいと思ってた。

でも、でも、そのいつかって・・・・いま?!


これまで積み上げたものがガラガラ音を立てて壊れていく

ような気がして心中複雑です。

どうするの、家まで買ったのに、、、

第一志望の学校からオファーもらってたのに、、、
やっと慣れてきてこれからって時に、、、

数々の、”のに、、、”をあげればキリは

ありませんがとにかくここを去ることになったのです。

「オレだって本当にもっといるつもりだったよ。

 でもしょうがないじゃん(チャンスきちゃったんだし)」

いやぁ、まいったな〜、
みたいな素振りは一応見せてるけど、
これからの未来にルンルンの夫。
未練タラタラの私。

1年半しか住んでないこのうち、ホントどーすんの?!

又貸し禁止の物件なので、自分たちが住まなくなった以上、
他人に貸すことが出来ず、売るしかないのです。

売却・・・・

またしても一波乱ありそうな予感

覚悟していた矢先に
ジム・キャリー似の管理人に
ロビーで声をかけられました。

「お!ちょうどよかった。君ら子供も増えたことだし、

このビルの中で3BRのもっと広いとこに住み替える気ない?」

「え?いや、あの、それは無理だけど、逆にうちのユニットに

 興味ある人とかいないかな?」

と、かくかくしかじか事情を話すと、なんと、”いる”と。

下の階のカップルがもうすぐ子供が生まれるから1BRから2BRに
住み替えを希望しているらしい。

早速、その若くて美しいご夫婦に我が家を見てもらうと

トントン拍子で話が進み、あっさり買ってくれることになりました。

管理人の情報源、宝。

いつもジョークがさむいとか言ってごめん!

とはいえ、”ということになりました。”

で、安心してはいけないことくらい、

これまでのあれやこれやで学習済みです。

どんなどんでん返しがあるかわからない

最後、売り切るまでは何があってもおかしくない

彼らも自分たちのところを売りに出してローンを組まないと
我々のところを買えないので、当然時間がかかります。

すごい美人で弁護士の奥さん、明日予定日だし・・・

こうして、まだ正式にクロージングに至らないまま、
いよいよ引越日までカウントダウン、という今現在のこの状況。

本当に大丈夫かな⁈ 
引っ越せるのかな?


2015年3月7日土曜日

マンハッタンで家を買う(番外編)

新しい住まいに引っ越して約3ヶ月が経ちました。
家具も買いそろえ、ようやく落ち着いてきたところで
ほっと一息つかせてくれないのがここでの私たちの生活。
「買って終わり」ではありませんでした。

一難去って、また一難。

以前住んでいたマンションの借り手が未だに
見つからないのです。

途中解約にあたり、昨年夏に1年更新をしたばかりだったので、
退去するには今年8月、契約満了までの家賃を全額前払いするよう
管理会社から言われました。

その時の話では管理会社が新たな入居者を探し、見つかり次第
返金されるということでしたので、数百万という
大きな額ではありましたが泣く泣く一括前払いしたのでした。

今、思うとここが素直すぎるジャパニーズ、私たち夫婦の
決定的な失敗の瞬間だったのですが・・・。

ちょうどホリデーシーズンに入る時期でもあり、
次の入居者が即見つかるとは思っていませんでしたが、
ファシリティも立地も良く、新しいマンションですし、
人の出入りが多いビルなのでそれほど時間はかからないだろうと
どこかで楽観的に思ったりもしていました。

ところが・・・・
待てど暮らせど先方から新たな入居者が
見つかったという連絡は入ってきません。

いやーな予感・・・・

何度問い合わせても「まだ見つからない」の一点張り。

そろそろ、ダンナの顔にも焦りが見えてきました。

購入した新たな家のローンの返済額とほぼ同額の家賃が、
毎月誰も住んでいないのに、ただ無駄に出ていくだけ。
ダブルで出ていく大きな出費。
なんとも堪え難いこの状況。

見つからないまま、全額戻って来ない?!
最悪のシナリオが頭をよぎります。

それだけはなんとしても避けたい・・・・

自分たちでも何か手を打たないと、このまま管理会社任せでは

きっと良からぬことが起きる。という虫の知らせを感じ、
各社の不動産エージェントに問合せを開始。

すると驚くべき事実が。

まず、我々が借りていた時より$500(約6万円)近く値上げした額で
マーケットのリストに出されているというではありませんか。

「もう、お金もらっちゃってますから真面目に探してくれませんよ。
 このお部屋、この数ヶ月誰にも見られてない可能性高いですよ」

えーーー!やられた!そりゃ無理じゃん!

もらうものもらったから探す努力はしてるふりだけ?
作為的だとしたらひどすぎます。

「これがニューヨークの現実。これがビジネスというものですから」
と言う言葉に、またまたカルチャーショックです。

管理会社に一体どういうことかと問合せても
「今のマーケット価格に合わせて値上げしてますから」とばっさり。

10%以上もあげておいて、何が市場価格だー
きーーー!悔しい!

弁護士に相談した方がいいのでは?というアドバイスをもらい
また頭を抱えることになってしまいました。

さらに、別の不動産会社の人が言うには
「普通、日本人の場合は、入居の時に途中解約の交渉をして、
 1ー2ヶ月分の家賃を支払うだけで出られるんですけどね」

って、おいおーい!誰だー!
うちのダンナにこのマンション紹介したのは。
ちゃんと仕事して、、、、

心の中でキーキー言いながらも、ダンナに物件を紹介した
エージェントは会社指定のアメリカ人だったので、
途中解約交渉などやってくれなくて当たり前。だそうです。

不動産会社の人は続けて、
「せめてね、退去する時に先方の言い分を全部飲まずに、
しっかり上のマネージャークラスの人たちと交渉して数ヶ月分の
家賃で出られるようにしていればね。よかったんですけどねぇ」

2度あった退去交渉のチャンスをモノに出来なかった私たち。

もう、契約書にサインして、全額支払ってしまった後じゃ
何もできないと。

一方で、別の会社のエージェントは
「これから3月は異動の時期で、日本人もたくさん来ますし、
 あそこは人気のマンションですので、すぐ見つかりますよ!」

と、とっても前向き。会社によって、エージェントによって意見は
正反対だったりまちまちです。

何を信じたらいいかわからなくなってきました。
この感じ、ここにきて何度目の感覚だろう・・・

そうこうしながら、その後もしつこく管理会社に問合せを続けている
うちに、こちらの思惑通り(!)うるさいと思われたのか、
マーケットの相場くらいまで価格を下げてくれました。

やってみるものです。

ようやく妥当な市場価格になったところで、これから本腰を入れて自分たち
でも探していかなくてはいけません。

ところで、年率平均5%上がるとも言われるニューヨークの不動産市場。
賃貸物件では毎年更新の度に家賃が数百ドルあげられてしまうのが普通です。

そもそも、ダンナが「家を買いたい」と言いだした理由もそこにあって、
年々上がり続けるニューヨークの不動産価格はよっぽどのことがなければ
下がらず、買えるうちに買っておかないと、数年後では遅い、
というものでした。

不動産投資で得をしたいということではありませんが、日本とはそのあたり
事情が全く異なるようです。

私は日本で家を買ったことはありませんが、30年も住んだら資産価値として
ゼロになってしまう物件も少なくないと聞きました。
ここニューヨークで今回我々が買った家は30年後、いくらかでも価値が
上がっているのでしょうか?

うーん、そう考えると、
「あれは勉強代だったね」
なーんて、いつか笑える日がくるのか・・・。

いーやいや、笑えない。
この授業料は高すぎる。

求む!1LDK即入居可能な方!















2015年1月11日日曜日

マンハッタンで家を買う⑤(入居)

12月、日本への一時帰国を目前に控え、1日も早く引っ越ししたかった我々は、
物件購入が決まった5日後、クロージング(物件引き渡し)と同日に引っ越すと
いうまたしても無謀な計画を立て、ミッドタウンの西から東に移動することに
なりました。

午前中搬出を終えると、お昼に書類のサインをしに弁護士オフィスへ。
ミーティングルームに入るなりそこに集まった人々の数にびっくり!

セラー(売り手)は初老のインド人夫婦でした。
そして双方の弁護士と不動産エージェント、メインバンクの担当者、
私たち家族と、総勢11名が会議室の大きなテーブルを囲みます。

マンションひとつ買うのにこんなにもたくさんの人々が関わっていたなんて…
しかも、こんなにも急なこちらサイドの希望日時によくもまあ全員がタイミングよく
顔を揃えられたものです。

サインだけになぜ2時間もかかると言われたのかわかりませんでしたが、
30枚以上もの書類に署名を求められ、あっという間に時間は経過。
”契約書社会アメリカ”を肌で感じたのでした。


最後、外科医というセラーの奥さんから
「あそこはいい住まいよ。私たちは40年住んで家族の思い出が
 いっぱいつまってるの。
 あなたたちも素敵な家族の歴史をあそこでたくさん作ってね。
 Enjoy your new life!」
と、ニッコリと鍵を手渡されて初めてようやく実感がわいてきました。
いよいよ”My Home”になった瞬間でした。

その鍵で部屋に入り、午後からは休む間もなく搬入作業開始です。
部屋に荷物を運び入れ始めるとすぐに、ちょっとジム・キャリーに似た感じの
おじさんが、真っ白な歯を見せて、すごいハイテンションで「ハーイ!」
とやってきました。

管理人さんだそうです。

そういえば、物件探しの時に建物の説明書きに”live in Super"とあって、
「1階にスーパーが入ってるんですか?」と、ちょっと期待して聞くと、
「いやいや、住み込みの管理人(スーパー)がいるってことです」
と、エージェントさんが苦笑いで教えてくれたことを思い出しました。

管理人さんは業者に「荷物を廊下に広げすぎるな」と細かく指示したり、
私たちには「何か困ったことはないか?」などと搬入の最中も、
ちょくちょく様子を見にきてくれたり、何かとお世話を焼いてくれて、
なんだか頼りになりそうです。

床や壁の塗り替えが必要そうだったので相談してみると

「君らが日本に行ってる間にやっておくさ。
 業者の手配もオレの方でやっておくから任せとけって!
 支払い?大丈夫、立て替えとくから心配するな。
 払ってくれなきゃオレ、おまえんち知ってるから毎日ドアを
 ノックするしな。Hahahaha!!」

と軽快に言うと、あっという間に業者を呼んできて、部屋の寸法を測ったり
希望の壁の色を確認したりして、嵐のように去って行ってしまいました。

いやしかし、ニューヨークの管理人というのはこんなにも色々やってくれるのか。
東京時代に住んでいたマンションの管理人さんは、定年退職した(風の)おじさんが
ゴミ置き場を掃除したり、落ち葉を掃いたりしてくれたりはしたけど、もっと
のんびりした感じでした。
実際、こちらでは、文字通り部屋の中まで踏み込んでくるし、同じ管理人でも
ずいぶん違う感じがします。

100世帯ちょっとのこの規模のマンションで、彼の他にも、24時間ドアマンが
4ー5名交代でいて、ゴミ処理などをしてくれるハンディーマンが2名いるとのこと。

実は、これから毎月のローンの他に、管理費だけで月々$1800(約20万円)も
払うことになるのですが、最初聞いた時には信じられませんでした。

せ、せんはっぴゃくドル??!!
一体どんな管理をしてくれるんだか?!

日本なら普通に毎月のローン返済に充ててもまだお釣りがくるほどです。。

でも、これだけスタッフがいると確かに人件費だけでも相当かかりそう。

もちろん全額彼らのお給料、という訳ではなく、今回購入したコープという
タイプの建物だと、このうち半分が彼らの人件費や共有スペースの
修繕等、建物の維持に充てられるメインテナンス料になります。
そしてだいたい残りの半分は日本でいうところの固定資産税としてマンションが
支払う税金に充てられるそうです。
(cf:コープについてはこちらご参照ください→ Brooklyn Time 「コンドvsコープ」)

毎月の出費としてただ出ていくだけの管理費。
エリアや間取りによって全く異なりますが、このあたりのエリアで、2LDK、
ドアマン付きだと、これだけで$3000を下らない物件も多く、
家探しの最中はかなり頭を悩ませたところでした。

安心して住みたいだけなのに…
安全と清潔はタダじゃないのがニューヨーク、アメリカという国…

ところでジム・キャリー、ずいぶん調子良かったけど本当にちゃんと
リノベーションしてくれたのかな。
半信半疑で帰国しましたが、見違えるように綺麗になった壁と床を見て、
築100年近い物件のあちらこちらの不具合、困ったことなど、とりあえず
相談できる彼の存在は外国人の我々には特に心強く、必要経費とあきらめるしか
ないようです。

ドアマンの人たちも新入りの私たちのことをしっかり覚えていてくれて、
「日本はどうだったかい?」「昨夜はよく眠れたかな?」など声をかけて
くれてあたたかい。

慣れないところでこういう人の優しさに触れると本当に嬉しいし、
ありがたいものです。

日本の手みやげでも携えてお礼に行こうかと思っていたら、ちゃっかり
スタッフ全員の名前が記されたホリデーカードがドアの前に届いていました。

これはずばり!
クリスマス前の「ホリデーチップ」のおねだりカードでしょう!

と、ピンときたのには、入居前にエージェントが
「ホリデーチップは必ずドアマンやスーパーに渡して下さいね。
 これをやるかやらないかで、その後のスタッフさんたちの対応が
 ガラッと変わりますから。」
と話してくれていたからです。

そういえば、クリスマス前になるとドアマンの人たちが急に
優しくなるって友達も言ってったっけ。

そっか。そういうタイミングだったわけね。

まあ、そうだったとしても我が家は確かに彼らに助けてもらっているし、
御礼したいので全員にホリデーチップを渡しました。

お正月、日本ならお年玉、シンガポールではアンパオ(紅包)などを子供達
にあげる習慣はありましたが、こちらではお世話になっているスタッフさんたちに、
お歳暮でもお年賀でもなくチップ。
人間関係を良好にするための潤滑油に現金。

これもまたなんとも合理的、というかアメリカらしい年末の風物詩だなぁなどと
思いながら、新生活はスタートしたのでした。









2014年11月26日水曜日

マンハッタンで家を買う④(クロージング)

苦労の甲斐あり、無事に書類選考通過、
マンションのボードメンバーとの面接日が決まりました。
久々にジャケットに袖を通しヒールの靴を履き、少し緊張しながら
指定された部屋に向かいました。

応接間みたいなところで、スーツを着た人たちが出てくるのかと
思いきや・・・・

ポロシャツ短パン、ワイングラスを片手に「Hi !」
と陽気なアメリカ人のおじさん登場。
3人のボードメンバーが素敵なリビングに迎え入れてくれて、
談笑すること約40分、あっさり終了しました。

最後に「君たちにおみやげがあるよ」
と、あの分厚いファイル3冊を返却されました。

こういうものは1冊は管理室のロッカーに鍵をかけて保存して
おくのかと思っていたので些か意外でしたが、もう必要ないようです。

うーん、これは良かったのか?悪かったのか?

よくわかりませんでしたが翌日エージェントから
「おめでとうございます。通過しました!」
と電話があり、これでいよいよ購入が現実味を帯びてきました。

最終段階、クロージング(物件引き渡し)に向けてローンを借りる
銀行から承認の最終回答を待ちます。

指折り数えて待つこと1週間。
「まだ審査中」との返事。

ところが、、、何日待っても担当者はうんともすんとも言ってきません。
のらりくらりとした対応に、ヤキモキし、だんだん心配になってきました。

というのも、急がないと作成した書類が期限切れになってしまい、
また最初から全てやり直しになってしまうのです。

連日プッシュし3週間後、ようやくきた返事はまさかの「No」!!!

なんとローンがおりませんでした。。。

目の前真っ白。
顔面蒼白のダンナ。
うろたえるわたし。

これまでの苦労は全て水の泡、あきらめるしかないか。

で済めば、まだいいのですが、売り手とは既に成約済みなのです。
買い手の我々が購入を途中放棄する場合には罰則が
課せられると、契約書に明記してあるというではありませんか。

しっかり読みこめていなかった、、、、

その罰金、数百万どころではありません。
ゼロがもうひとつ多い、、、

ダンナ顔面土色、埴輪状態。
わたし、ムンクの叫び状態。

どうする我が家。
アメリカ生活、早くも最初の大ピンチ・・・・

やっぱり家を買うなんて無茶するんじゃなかったか。
どうやってこの危機を乗り越えれば。

ダンナ、銀行の担当者にすぐさま連絡し、よくよく理由を追求してみると
意外なことが判明しました。
なんと、今住んでいる賃貸の家賃まで30年負債でカウントされていたのです。

そりゃムリだわ、、、

直ちに訂正を求め、賃貸の残りのリース期間分の家賃を
全て前払いし、退出証明を提出、期限の切れてしまった書類の期日延長を求め、再審査を依頼しました。

それにしても大手銀行が、なんという初歩的なミスなのでしょう。
そんな常識的なことが、どうしてわからないのか。。

にわかには信じられませんでしたが、先方に言わせるとミスでもなんでも
ないというからさらに驚きです。
申告しなかったこちらの過失、なんだそうです。
だからって持ち家だなんて一言も言ってないのに・・・。
曖昧なら確認とかするでしょ、普通。
でも、この”普通”が通用しないのがアメリカ(泣)

そうこうして再審査の結果をはらはらドキドキ待つこと約2週間。
売り手から、これ以上は待てないと言われている期日の前日
夕方に無事にローンがおり、クロージングに至ったのでした。

銀行との一連のやりとりで神経が擦り減っていたダンナには
もはや喜ぶ気力さえ残っていない様子、ほっと胸をなでおろすのが
精一杯でした。。。。

振り返ってみると、クロージングに至るまでの1ヶ月は
綱渡りの連続でしたが、あの時、ローンの審査に落ちた理由をしつこく
追求せず、ただ、あきらめていたら、再審査を要求しなかったら、、と思うとゾッとします。

自分が動かなければ誰も何もしてくれない、自己主張が大事、と頭では
わかっていたつもりでも、実感としてこれほどまでに強く感じたことは
ありませんでした。

絶叫ジェットコースターに乗って振り落とされそうになるダンナを、
固唾を呑んでただ見ているしかできなかった私ですが、今回の経験が
大きな学びとなったことは間違いありません。

例えばこれから娘の第一志望の学校にもし、抽選で落ちても
すぐに「まあ、しょうがないか」などと、あきらめてはいけないのです。
粘り強く電話し続けて、交渉し続けなければいけません。
実際にそれで、空きが出たタイミングで入れたという話もよく聞きます。

この国で、本当に得たいものがあれば、簡単にはあきらめない!

自分で確かめて、自ら動き続けることでしか得られないものが
あることを、身をもって知ったのでした。

2014年10月9日木曜日

マンハッタンで家を買う③(オファーを入れる)

その後、エリアをアッパーイーストよりもう少し南に絞り込み、
いくつもの物件を見て回りました。
 こぢんまりとしてブティックホテルのような素敵なマンション、エージェントが
「ここは働いている人”も”住んでいます」と説明してくれますが、意味がちょっとわからず。
つまり、セカンドハウスとして、だったり、若くして働かなくてもいい人たちなどもこのマンションには結構いるようで、普通に働いて、生活している人も、いるにはいる、という意味だそうです。
ニューヨークでは全然珍しい話ではないそう。
確かに、ロビーですれ違ったご夫人、連れているマルチーズと同じくらいツヤツヤの白髪を美しくカールさせてものすごくエレガントな雰囲気でした。

近所付き合いが難しそう or なさそう and 我が家はめちゃめちゃ浮きそう。パス・・・

また、別のところは、内装も素敵で良かったのですが、推定年齢70代のおじいちゃんがジムで、こちらが心配になるような前屈みフォームで、トレーニングマシーンの上を走っていましたが、マンション全体が本当に静かすぎて、人が住んでいるのかと思うくらいです。

かなりお年寄り比率が高そう。
そうすると、管理費もあがりやすいっていうし、ベビーカーで遊びに来てとか友達にめちゃめちゃ言い難いわ、ここ。
ないな・・・

そうこうして、十数件程見たところで、突如うちのダンナ「ここにするか」と、ある物件にオファー(購入の意志表示)を入れると言うではありませんか。

はい、でたー
いつもの時間軸のズレ。

結婚すると決まってから式まで3ヶ月。
アメリカ行くと言った2ヶ月後には渡米。

「え?ちょっ、、早くない?」と、毎度このスピード感に驚かされ、
それでも近頃はだいぶ耐性がついてきたかと思っていましたがまだまだです。

今回の家探しも1年がかりと意気込んでいた私は、
またしてもこのズレについていけず、

「え?まだ見始めたばっかでしょ。もう決めるわけ?」
と思わず、声が大きくなります。

ダンナ:「え?なんで、ここじゃだめ?なんか不安要素ある?」
私:  「いやー、そういわれると別にないけど・・・でも早くない?
ダンナ:「ないなら、いいんじゃないか?こういうのはタイミングだしな。」
私:  「だけど、もっと見ればもっと安くていいのが出てくるかもよ。」
ダンナ:「1平方フィートあたりあれ以上安くて、管理費も予算内で、
     ソフト面も安定してる。ああいう物件があのエリアでそうそう出ると思う?
     まあ、出るかもしれないけど、いつかわからないし」
私:  「まあ、そうだけど・・・・・・(理詰めでこられると困る)」

と、こうして今回もまた、こちらが度肝を抜かれる早さで、拍子抜けする間もなく、
あっさりオファーを入れることに決まりました。

もっとじっくりいろいろ見て、ああでもない、こうでもない、と作戦会議しながら、
ようやく出会えた「これだ!」というところに満を持してオファーを入れる。
という長ったらしいシナリオを描いていた私としては、かなりのズッコケ感です。

でもまあ、オファーを入れるといっても、そもそもこちらの希望額で通るか
わかりません。
オールキャッシュで横取りされてしまうケースがあるとも聞くし、高い金額で
ビットしてきた人に負けるかもしれません。

まあ、オファー入れるだけならいいか。

と、売値より$100,000(約1,000万円)近く、低い金額でオファーを入れ、
売り手側のセラーズエージェントから来た回答は、

「あなた方、なめるのも、いい加減にして下さいよ」かと思いきや、
「あと少し金額を上げてくれたらオーナーはあなた方に即決しても良い、
 と言っています」とのこと。

そして、どれだけ背伸びしても、もうこれ以上絶対ムリ、というこちらが出せる
上限ギリギリの額が提示されました。

「いくか。」覚悟を決めたダンナ。

とはいえ、さすがに、いつもの能天気さはなく、過去の似た物件の
売買履歴のリサーチ、将来予測のシミュレーションなどいつになく
PCに向かう目は真剣です。

そうこうして、最後は石橋を叩きながらも、大丈夫だろうと判断して
前に進むことになりました。

そうと決まったら、これからいろいろ手続きが始まります。

買えるかどうかわかりませんが、買うためのペーパーワークが
山ほどあり、この作業を経て、実際に購入できるまでに約半年かかると
言われています。

ところでニューヨークでマンションを買おうと思うと、コンドかコープか、
ということになるのですが、通常、外国人が投資目的などで買うタイプのものは、
コンドがほとんどです。

しかし、今回、我が家はコンドより安く、選択肢の多いコープの方に
手を出そうとしているので、手続きが非常にややこしいのです。

コープについては、以下サイトの説明がわかりやすいので抜粋しますと、
(cf: Brooklyn Time 「コンドvsコープ」)

例えば50世帯のビルがあると想像してください。そのビルを所有する会社があり、
あなたはその会社の株式を購入することで、そのビル内の部屋に住む権利を得る
ことが出来る・・・これがコープです。


つまりあなたはその会社の株主になることで、その部屋に住む権利が出来るだけで
あり、あなたが購入したものは、そのコープの株式(シェア: share)であり、
不動産ではありません・・・・
というわけで、その建物に住むに相応しい人物かどうか、収入はもちろん資産状況
も詳細に、ファイナンス面を厳しく見られます。もちろん、職業、人物、過去の職歴、
収入、全てを書類で、そして面接で証明しなければいけないのがコープです。

うう、、、これは大変そう。

まずは、エージェントから弁護士を雇うよう言われました。
家買うのに、弁護士って・・・。
買えるかどうかもわからないのに数十万の出費、痛い。

それから、事前にローンを組むための承認レターは銀行から入手していたものの
いよいよ本当に借りるとなると、書類上の手続きの他に、いろいろ面倒な
こともわかりました。


こちらにいくら以上の資産がないといけない、という厳しい制限もあったりして、
急いで日本の預金をこちらに移そうとすると、折しも急激な円安・・・
あと1日遅かったら数百万円損していた、、とヘンな汗をかきながらダンナは
疲労困憊です。

次から次へと届く英文の契約書(極小文字)に、辞書を片手に目を通して、
記入して、サインして。必要書類を取り寄せて。

修正箇所や追加書類があれば、大至急加筆修正して、という目まぐるしい毎日が
はじまりました。

推薦状はなんとダンナと私で3通ずつ必要とのこと。
家買うのに夫婦で、推薦状6通って・・・。
どれだけ信用されてないんだか。

さらには、ここまで手続きを進めておきながら、ある日突然、やっぱり
グリーンカード(永住権)がないとコープは買えない、という情報に狼狽したり、
残念ながらローンの承認がおりませんでした、という銀行からのレターが届いて動揺
したり、といろんなことがありました。結局、どれも杞憂に終わりましたが。

はぁーー

ニューヨークで家を買うって本当に大変。

これらのペーパーワークをダンナの時間軸で、1ヶ月ちょっとでゴリゴリやって、
分厚い契約書のファイルが3冊完成しました。

そんな苦労の末にようやく先日「In Contract(成約済み)」となりましたが、でも、これで買えたわけではありません。

この後、書類が通ればボードメンバーとのインタビュー
があり、最後クロージングと呼ばれる締結が終わって初めて「買えた」ということになるそうです。

長い・・・・

当面は、書類審査の結果を待って、インタビューの連絡がくることを祈るばかりです。

どうなることやら。